仮面ライダーフリークス&恐怖!夜伽話
         父が残したもの


 最初にお断りしておくが、今回のお話は心霊体験談では無い。

・・・しかし、あたかも逝ってしまった故人が、最後に伝えたかった事だったのだろうか・・・と。
 そんな風に思えてならない様な【不思議な偶然】が重なると言う出来事である。

 そしてまた、今回のお話は私自身の【数奇なる出生】に纏わる真実の記録でもある。
 なればこそ、まずは本題に入る前に、私の育った環境から語り始めなければならない。

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 それはまだ、私が幼い頃の話である。父と母はスナックの経営を始めた。
 幼い私は、両親のいない夜がとても心細かったものだ。

・・・しかし、数年も経たずにそのスナックは潰れてしまったのだ。
 後に残るものと言えば多額の借金だけ・・・。

 そして、私が小学四年生になった頃。学校から帰宅すると・・・母親の姿が消えていた。
 どこにいったのかを尋ねる私に対して、祖母は旅行にいったのだと告げた。

・・・正直、私は母親が、とても怖かった。

随分と気性の荒い性格で、時には棒で殴られたり、勉強をしないからと廊下で蹴られたり・・・。

「もういいじゃないか」

 父のその言葉で、いつも暴力は止んだ。

 時には母の暴力に見かねた祖母が、幼い私を連れて、親戚の家に泊まりに連れて行ったりして
いたものだ。

 そんな母親であったが故に正直、旅行に行ったと聞いて安心したものだ。

「鬼の居ぬ間に洗濯だ・・・」

・・・少しだけ心が弾んだ。

 だが、それ以来、彼女の姿を見る事は無かったのである・・・。

 しかし幼いながら、決して触れてはならない話だと感じており、実際は離婚をしていた事を改
めて聞いたのは、既に高校を卒業した頃であった。

 その際に聞かされた話の内容によると、借金を抱えた父を捨てて、他の男と結婚する為に離婚
したのだと聞かされた。

 裏切られたという思い・・・捨てられたという思いが、自分の中に芽生えた。
 それは殺意すら覚える程のものであった。

・・・しかし、大人になって【母親も一人の人間】だったのだと思う様になれた事で、その憎しみ
は私の中で、徐々に薄れていった。

 幾つかの恋を経験しながらも、そこには描くべき家庭の姿があったのだろう。
 私は若くして結婚したのだが、結婚する前に一度だけ頼んだ事があった。

「母親が・・・当時、どんな気持ちだったのかを知りたいから、一度逢わせてくれないだろう
か?」


 直接、父に尋ねる事を躊躇した私は、そんな風に祖母に懇願したのであった。
・・・しかし、その返事は「既に病気で死んだ」というものであった。

 正直、愕然としたものだ。逢う気になった時には、既に母親は【この世に存在】していなかっ
たのだ。

ならば、せめて墓参りだけでも・・・そう思ったのだが、既にその素性を知る術も無いとの事であった。

・・・ここでは仮に、その母親の名前を千恵子(仮名)としておこう。

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 幼い頃、いつも自分を母親から庇ってくれた父の事が、私はとても好きであった。
 しかし、父は良く言えば放任主義であり、悪く言えば余り教育に関心を持っていなかった。

 そんな状態であった為に実質上、私を育てたのは祖母だと言えるであろう。
 しかし、その頃はまだ父からの愛情は充分に感じられており、そしてまた私も幼い頃の記憶も
あってか、そんな父に対して愛情を感じていた。

・・・ある日、父が急な病で倒れ、緊急手術が必要だと職場に連絡が入ったのであった。

 すぐにでも手術をしなければ命に関ると聞かされた私は、号泣しながら会社を早退し、父が運
ばれた病院へと駆けつけたのであった。

 幸いにも命は助かったのだが、入院中に財布が必要なので取って来て欲しいと父に頼まれた叔母が父の部屋の引き出しを開け、通帳などを取り出したのであった。

・・・そして、急遽【親族会議】が開かれる事となった。

 父の預金通帳を見た叔母により、父が莫大な借金を繰り返している事が発覚したのである。
 叱責する親族や、私の言葉にも、その頃から父は全く耳を貸さなくなってしまっていたのだ。

・・・当初、その借金のうちの一部を私と親戚が立て替え、返済する計画を立てた。

 だが、その返済した額と同じだけ、更に借金を繰り返すに至って、私と父の間に大きな溝が出
来たのであった。・・・同居していながらも、ほとんど口をきかない状態になってしまったのだ。

 借金を繰り返し、自身での返済能力が無いにも関らず、全く私の助言や返済計画にも全く、耳
を貸さない父に対して正直、嫌悪感を抱き始めていたのだ。

実際に、既に口をきけば喧嘩になってしまう程に私と父の仲は悪化していたのである。

・・・もし、父が逝ってしまったら後悔するだろうと。
 そんな想いはあったのだが、どうする事も出来なかったのである。

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・・・それから数年の後、またも父の容体が悪化し、入院する事となった。

 しばらくは検査との事で、安心していた事もあり、休日にも見舞いに行かなかったのだ。
 来週にでも行けばいいだろうと・・・そう思っていたのだ。

 それが父にまだ意識がある最後の日であった事になる事も知らず・・・。

・・・それは、早朝五時の事だった。急遽、病院から自宅へ電話がかかってきたのだ。

 医師の説明によると腹部の大動脈が破裂し、その病院では処置が出来ない程の状態であり、今
すぐにでも、他の病院へと搬送し、緊急手術を行なわなければ確実に命は絶たれる・・・と。

・・・しかし、その成功率は限りなく低いものである事も同時に知らされた。

「どうされますか?」

 医師は私に対して決断を迫った。

・・・勿論、そのまま死亡させてくださいなどと言う筈も無く、手術をする事となった。
 しかし、困難な手術の為に相当な人数が必要であったのだろう。
 その手術が開始されたのは、午前八時・・・すでに三時間も経過していたのだ。

 既に父の身体は酷い状態になっていた。
 大動脈の破裂はおろか、肝臓・腎臓・腸に至るまで蝕まれていたのだ。

 そして十数時間にも及ぶ手術の末に、医師に告げられた言葉は・・・。

「結局・・・動脈の破裂部分の修復しか出来ませんでした・・・おそらく、このまま衰弱していくもの
だと思われます・・・我々、医師の完敗です・・・」


 それは父が、徐々に死に向かうであろうと言う宣告であったのだ。
 私は父を救う為に最大限の努力をしてくれた医師に対し、感謝の言葉を告げて帰宅した。

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・・・それから日を追うごとに父の容体は悪化していった。
 もはや機械につながれて、息をしているだけの父の姿・・・。

 医師からは、もはや回復の見込みが無い事と、大量の輸血により強制的に栄養を送り込んでいる事を聞かされた。

 そして、貴重な資源である【血液の補充】を止めても良いかとの決断を迫られた。
 血液を送り続ければ、ある程度の延命・・・血液を止めれば、死に向かう日が早くなる。

・・・そして、私は医師に告げた。

「いずれにしても・・・助からない命ならば・・・助かる命の為に使ってください」

 それは、私自身の意思で父の寿命を短くする行為であった。

 そう、死は終わりでは・・・無い。
 私は父の腕を握り、額に手をあてて告げた。

「・・・こんな姿・・・あんたも望んじゃいないよなぁ?・・・後の事は大丈夫だから・・・。だから心配するなよ?」

 そんな父の額に、ある数字がイメージとして浮かんできたのだ。

 [6 24]

・・・何だ?この数字は・・・逝く日か?・・・いや、既に八月だし・・・逝く時間か?
 その時は正直、さっぱり理解が出来なかった。その数字が何を意味していたのかを。

・・・そして、後日。もし自分と波長が合わず、父の死後にその姿が視えなかったとしたら。
 そう考えた私は、同じく霊的な感覚に優れた愛理さん(仮名)に病院につきそって頂いた。

 もし自分が視えなくても、その声が聴こえなかったとしても。

・・・父が逝った後。
 ひょっとしたら彼女には視えるかもしれない。その声が聴こえるかもしれない。
 そう考えたのだ。

 そして、愛理さんを連れて病院についた私は、ふと時計を見た。
 時間は午後6時24分・・・そう、父の額に視えた数字と同じ【6 24】であった。

「・・・くだらねぇ。こんな時間を視て、一体何になる?・・・役にたた無ぇ・・・意味が無ぇ」

 自分自身の、そんな中途半端な感覚に、心底辟易したものだ。

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 数日後の早朝。病院に呼び出された私が見守る中・・・父はゆっくりとその心臓の鼓動、そして
呼吸を止めた。

 その日の夜には、人の少ない淋しい通夜が行なわれた。

 そして親戚が集まる通夜の後の席から、今回のお話は急な展開を見せる事となった。
・・・それは、父の弟にあたる叔父の一言だった。

「これだけ好きな事して生きてきた人間もいないよなぁ?・・・あの人、何回結婚したんだ?」

 私は、その席で始めて父に過去にも離婚歴がある事を知った。
 終わった話なんだから、詳しく教えてくれと叔父に懇願したのだが、叔父も口を滑らせたと焦
っていたのであろう。棺を指差しながら「本人に聞けばいいじゃないか」とお茶を濁すだけであ
ったのだ・・・。

 そして、私自身も初耳であったのだが、不思議な事に時を同じくして、家内も叔母から同じ事
を聞かされていたのであった。


 そして通夜が終わり、徐々に人が帰っていく中・・・私は父の死に対し、隠れて涙を流した。
 棺に眠る父の前の席に、独りで座り線香を焚き続けながら通夜の夜を終えた。

 翌日の葬式に至っては、決して人前で涙を流さないと心に決めていたのだが、父の遺影を手に
持ち、火葬場へと向かう前の挨拶にて、とうとう私の感情は噴出してしまったのだ。

「本日は父の為に集まって頂きましてありがとうございました・・・私に手を握られながら、安らかに父は眠りにつきました・・・父にしてみれは・・・良い最後だったと思います。・・・本日は本当にありがとうございました・・・」

 涙を流しながら私に言える事は・・・それが精一杯であった。


 葬式から火葬を終え、自宅に組まれた祭壇。
その前で、誰もいない時を見計らいながら、父の遺骨が納められた骨壷を抱き、しばらくの間泣き暮らす日々を送っていた。

「・・・親父・・・親父よぉ・・・こんなに小さくなってよぉ・・・」

 そして、この世のものでは無くなった父の姿を視る事は無かった。
 私は自分の中途半端な霊感が、酷く・・・憎らしく思えた。

「どうでもいいヤツは視えやがるのに!・・・どうして大切な者は全く視えないんだ・・・?
こんな能力だったら全く必要ないじゃねぇか・・・意味が無ぇよ!」


 そんな私に対して、友人の水城さん(仮名)は告げた。
 彼女の元にいると言う、霊団の長からのメッセージを添えて。

「・・・彼がね?道筋は用意したから大丈夫だって。そんなにすぐ視えるだけの力は無いってさ。焦り過ぎは困るってさ。」

 そうした毎日の中で徐々に色々な事が明らかになっていったのであった・・・。
 それは偶然の積み重なりであり・・・不思議だと思える程に。

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 まず最初に起きたのは不思議な一致であった。

 父の借金を肩代わりしていた私が貸していた額は六十万であったのだが、家内によると未だ半分の額しか返済して貰ってないと言っていた。

・・・そして、それは葬式より三日後の事であった。家内が慌てて私に伝えてきたのである。

「三十万がお父さんの箪笥の引き出しに入ってたよ!」

 その確認をする為に、覗いた引き出しの中には、私と叔母に返済した額の詳細が書かれたノートと、確かに三十万が入っていたのだ。

・・・返済してきた額が詳細に書かれていたノート。

 ローン会社はともかく、私と叔母には迷惑をかけたく無かったのであろう。
 私には、それが・・・痛々しく思えていた。

 そして、その三十万という額は・・・奇しくも私から借りた額の残金と一致するものであったの
だ。

「これで、お前に借りていた金は返したぞ」

 まるで、そう言わんばかりに・・・。

・・・そして、父が逝った数日後、今まで知る事のなかった事実が浮上する事となったのである。

 人が一人亡くなった後には様々な役所での手続きがあるものなのだが、家内が私に一緒に役所
を、まわってくれる様にと頼んできたのだ。

 基本的に役所というものは一人で行っても二人で行っても様々な手続きは出来るものである。
 故に不精な私は、余程の必要性が無い限り、基本的に家内に行ってもらっているのだ。
 そして家内もまた、そんな私の性格を知っている為に、一人で手続きに行く事が多いのであ
る。

・・・そして、その日の手続きに関しては、私が付き添う必然性は皆無だったのである。
 家内が私を誘う理由が全く無い事に、何処か不自然さを感じながらも私は一緒に行く事にし
たのであった。

 市役所から区役所をまわり、様々な手続きをする為に、父の戸籍謄本などが必要になった。
 自分の戸籍謄本ならば見る機会も多いのだが、父の戸籍謄本など見る機会はほとんど無いと言
っても過言では無いだろう。

 そして、仮に父の戸籍謄本が必要だったとしても、それは私にとっては単なる必要書類として
の意味しか持たない。そんな風に考える性格からか、普段の私であればその内容まで細かく見る
事は無かったであろう。

 しかし叔父に聞かされた「何回結婚したんだ?」と言う言葉を聞かされていた私は、父の戸籍
謄本を何気なく覗いて見たのであった。

・・・確かに父には離婚歴があった。前の奥さんの名前を仮に道子さん(仮名)としておこう。

 彼女とは三年間の短い結婚生活の末に離婚し、その三ヵ月後には私の母である千恵子と結婚し
ていたのであった。

 その期間の短さから言って、前妻である道子さんとの結婚中に、母である千恵子と知り合い、そこに不倫関係があったであろう事は容易に想像の出来る範囲内であった。

・・・だが、その再婚後より三年後の記述に私の目が止まった。

 認知・・・そして移籍と言う一文である。

・・・そう、それまで私が母親だと思っていた千恵子さんは実は産みの親では無く、実際には育ての母親であったのだ。

 私を産んだのは、乗上 洋子さん(仮名)という女性であり、戸籍上には婚姻暦としては記さ
れてはいなかった。・・・それもその筈、私の誕生日より三年前に結婚し、小学四年生まで父と結婚していたのは紛れも無く千恵子さんなのだ。

 父の戸籍には、私が生まれて二週間後に【認知して移籍】したと記されていたのである。

・・・結局、私が母親だと思っていた千恵子さんは育ての母親であり、産みの親である洋子さんに
関しては、その名前以外の事を知る事は出来なかった・・・。

 顔すら知らない大阪に籍があると言う父の愛人の子。・・・それが私であったのだ。

 それらの事実を知った私は、その当時に私がどんな形で受け入れられたのかを、改めて叔母に
訊ねてみたのである。

 最初に父の妻として周囲が認識していたのは、父と同棲していた美智代さん(仮名)という女
性であったという。事実上の婚姻をした訳では無かった様で、戸籍には存在しない方であった。

 そして、現在私が住んでいる実家に正式に妻として嫁いできたのが道子さんであった。
 だが、その三年後に離婚をし、千恵子さんと結婚したのである。

・・・しかしそんな父は他に愛人を作ったのであろう。そして生まれた子供が私であり、親戚から
すれば、母が妊娠していた訳でも無いにも関らず、父の子として赤ん坊が存在していた訳であ
る。当然、周囲は事の次第を尋ねたらしいのだが・・・そんな状況である。かなり揉めたであろう
事は間違いないだろう。

 祖母も父も「もう、いいじゃないか」と頑なに話そうとはしなかったのだと言う。

 産みの親の顔を知らないと言う事実。
 母親だと思っていた人物が、実は育ての母親であったという事実。
 そして、自分が愛人の子供であった事実を、偶然に役所に誘われた結果、ほんの一日で、それ
まで知り得なかった事が次々と明らかになっていったのであった・・・。

 私は思った。

 父の死後に起こった一連の出来事は、言葉の少ない父が、最後に私に伝えたかった事だったのでは無いだろうか・・・と。

 結果として、私から借りていた借金は全て返済し、私の本当の母親の事が発覚して行ったので
ある。・・・それは、確かに偶然の積み重ねであったのかもしれない。
 だが私には、それが父が残したダイイングメッセージに思えてならないのである。

 しばらくの間、私は様々な想いに苛まれながら、ひとつの結論に達した。

 父とは晩年の確執があったにも関らず、父が逝った時には人前にも関らず涙を零した。
・・・私は紛れも無く父を愛していたのだ。

 育ての母である千恵子さんは、愛人の子である私を引き取り、心情的な所から時に暴力を振る
う事もあったのだろうが・・・本来ならば殺されても仕方がなかったであろう私に十年も母親とし
て付き合ってくれていたのだ。

 そして、産みの母親である洋子さんは、私の愛した父を・・・その子供を産みたいと思ってくれる程に愛してくれていたのである。

「ありがとう」

 私の中にあった怒りや葛藤の全て。

 その複雑に入り混じった感情の全ては、それぞれの方に感謝の想いを持つ事で私の中で完全に
消化されていったのであった・・・。

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 しかし、ひとつだけ心残りがあった。それは年配の女性に告げられた言葉である。
 そしてまた数週間後に違う女性からも、今回の話とは全く関りの無い話の中で、全く同じ言葉
を投げかけられていたのだ。

「例え、遠くで暮らしていても身体は母親で、吸うものがいなくても時間が来る度に乳が溢れて
滲むんですよね。・・・その乳を見る度に、どうしようも無い程に切なくて・・・子供が恋しくて、気
がかりで堪らなくなっていたと思いますよ・・・?さぞかし辛かったんじゃないでしょうかねぇ。
そんな時代でしたから無理に引き離されたのかもしれませんしね・・・」


 その言葉が私の心に波紋を生んだのであった。
 住む場所が違っていても、どれだけ離れていても母親の身体・・・。

 哀れだ・・・と。もし仮に今でも逢いたいと願っているとしたら、それを叶えてあげたいと。
 そんな風に思ったのである。

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 さて、今回のお話は以上で終わりを告げるのだが・・・実は今回のお話の後半の執筆中の事。
 私の右側に視界に入りきれない程の巨大なオーブが下から上へと飛んでいった。

 その直後に背後から、強烈な気配を感じた私は、寝ていた家内が目を覚ましてきたのだろうかと振り向いたのだが・・・そこには誰もいなかったのだ。

 その気配を感じさせたものが何であったのかは、結局解らなかったのだが・・・私はお香を焚いて、静かに手を合わせた。

「昇れ・・・上に昇れ・・・」

 そんな風に願いながら・・・。