
・・・死して尚。愛する人を想う気持ち。
これは数年前に水城さん(仮名)が遭遇したという、
そんな恋心を持ち続けている哀しい女性の霊の話である。
彼女の友人には幕末から明治辺りの武家の霊団が守護についているらしいのだが、
その関係で都内のとある寺を訪ねた時の事であったと言う。
水城さんが、そのお寺の境内を歩いている時の事だったらしい。
そのお寺にあったある石碑に向かい、ずっと手を合わせてる女性がいたらしい。
その女性は着物を着ているし、日本髪を結っているし、
どうやら、その彼女は江戸時代くらいに生きていた女性の様な感じがしたのだと言う。
また、その女性も水城さんが自分の姿が視えている事に気付いたらしく、
ニッコリと笑ってお辞儀をして来たので、水城さんも挨拶をしたのだと言う。
すると彼女は水城さんに、語りかけてきたらしい。
『身内がここにいるから逢いに来てるの』
そう告げると、そのまま歩きながら消えて言ったのだと言う。
興味をしめした水城さんは、その女性が手を合わせていた、
その『石碑』を良く見てみた所・・・。
それは、台風の洪水や火災等で亡くなった人達の慰霊碑であり、
以前は三つくらい分散していたものを、昭和の始めの頃に、
住宅地にする関係でお寺に移したらしいことが書かれた看板があったのだと言う。
『あの女性は自分の墓からここに通っているんだ』
・・水城さんは、何となく、そういう気がしたのだと言う。
『それこそ霊は身体がないから自由に移動できる筈なのに、
何か理由があって彼女は通っているんだと思ったのね?』
・・・確かに霊魂であれば、距離に関らず、歩いてくる必要性が無いだろう。
何せ既に肉体という束縛を持たないのだから。
彼女は、そこで慰霊碑に手を合わせてみたらしいのだが、
特に変わった反応はないし、何も感じられなかったのだと言う。
そして、ここからは彼女の感覚的なものであり、推測ではあるのだが、
私に、次の様に語ってくれた。
『・・でも今思い出したら、好きな男性がそこにいたのではないか?と強く感じたの。
何だか、交際を反対されてたような・・・。 だから別々にいてね。
こうして彼女は、今も逢いに来ているんだという気がしてならないんだよね。
・・・悲しい話だけど。・・・でも行き着く所は、やっぱり人間の気持ちかなって思うよ?』
死して尚、愛しく思う人がいて、その肉体が滅びても想いだけが残る・・・。
それは哀しくもあるが、それはとても儚くて、
そして、どうしようもない程に切なく、哀しい想いなのだと私は思うのだ。
生まれ変わっても同じ事を繰り返してしまうのかもしれない。・・・だが、いつの日か。
そんな哀しい想いから解放され、救われる事を願ってしまうのだ。