時として人は、あまりに衝撃的な出来事を経験すると、
自我を保つ為であるのか、一部の記憶を失ってしまう事がある。
そして愛理さん(仮名)もまた、そんな「封印されていた記憶」を持っていたのである。
そうそれは・・・。
幼き日に彼女の胸の内に封印された「戦慄の記憶」であったのだ・・・。
今回のお話は愛理さんが不意に思い出した記憶。
それは、彼女がまだ小学二年生の頃に起こったと言う不思議な体験談である・・・。
愛理さんの従祖母は茶道の先生であり、
お茶の作法を教えながら一人で山の中腹に住んでいたのだと言う。
そんな環境でもある事から、その家に訪れる方は少なく、
時折、お弟子さんや彼女の一家が訪ねる程度であったらしいのだ。
その従祖母の住む家は、宗教的な意味合いもあったのだろうが、
少し変わった内装が施されており、
その平屋建ての一軒家の玄関口には風神雷神の像が立ち、
「曼陀羅」の様なものまでが飾られていたのだと言う。
その中でも彼女が特に不思議だと思っていたものは、
その家のすぐ側に存在していたと言う「稲荷神社」だったらしい。
雑木林の向こうに見えると言う、その神社には、
赤い鳥居が三つ並んだ先に、白いお稲荷さんの像・・・。
そして白地に赤の文字が踊るのぼりがあったのだと言う。
そして彼女が、その従祖母の家を訪れる度。
その神社からは、いつも必ず「大きく打ち鳴らす様な太鼓の音」が響いていたらしい。
彼女にしてみれば、当然そこに誰かがいるものだと考えていたのだが、
何故か不思議と神社に出入りする人も、その中にいる人も全く見る事は無かったのだと言う。
そして本来ならば好奇心の強い彼女ですら、
その鳥居の向こうにあるお稲荷さんが、怖く感じられていたらしく、
その境内にまで入って行こうとは、到底思えなかったらしいのである。
・・・そんなある日の事。
いつものように従祖母の家を家族で訪ねてみると、
彼女は「ある違和感」を覚えたのだと言う。
そう、その違和感とは・・・。
ある筈のものが無い。
いつも家の前にあった神社が、忽然と姿を消していたのであった・・・。
その赤い鳥居も・・・あの白いお稲荷さんも。
更には神社があったはずの空間ですら、木々に覆われ森のようになっていたのだと言う。
彼女は慌てて従祖母と家族の元に走りよったらしいのだ。
そして、彼女は必至に従祖母に訴えかけたのだと言う。
「おばあちゃん!神社がないよ!鳥居がないよ!」
慌てふためき訴える彼女に対して、従祖母と家族は、
何を変な事を言っているんだと言わんばかりの眼差しで彼女に告げたのだと言う。
「・・・この近くに神社なんてないよ?」
それからも彼女は、幾度か従祖母の家を訪れたらしいのだが、
忽然と姿を消したと言うその神社は、二度と再び現れる事は無かったのだと言う・・・。
日常の景色の中に潜む恐怖・・・。
・・・幽界や異界への入り口とでも言うのであろうか?
彼女は、その「ふと思い出した幼き日の記憶」について、こう語っている。
「もしも、あの時。好奇心から中に入っていたとしたら・・・
ひょっとしたら、帰ってこられなかったかもしれません」
一説では、こういう日常の景色の中に潜む「非日常」の世界。
云わば「異界への入り口」に入ってしまったまま戻れなくなってしまうと言う出来事・・・。
それが所謂「神隠し」と言われる現象の一因だとも言われているのだが・・・。