
愛理さん(仮名)は高校生の頃、文芸部に所属していた。
その頃は部活動の中で「詩」を書くこともあり、受賞した事もあるらしい。
そして、彼女は次の様に切り出してきたのであった。
「でも、その中にですね・・・全く書いた覚えが無いものがあるんですよ」
その詩の入っていたと言うパソコンのフォルダは彼女しか使っていない筈で、
まず他の誰かが、そこに書き込むと言う可能性は全く無いのだと言う・・・。
それは記憶の捏造なのかもしれないと思われる方もおられるだろう。
しかし彼女は、こう語る。
「・・・それが恋愛詩なんですよ。
私、その頃って人を好きになった事自体が無いからですね。
解りもしないのに書ける訳が無いじゃないかって話ですよ」
・・・確かに道理である。
元来、詩の創作にあたっては、それが抽象的な表現であったとしても、
そこには想いを込めなければ書くことは出来ないであろう。
そして人を好きになった事すら無かった彼女が、
その創作にあたり「恋愛詩」を選ぶ訳も無いのである。
そして、その「不可解な詩」についてだが・・・。
それは詩であるが故の抽象的な表現であるのかもしれない。
・・しかしどことなく死の匂いを感じさせる切ない詩であったのだ。
以下がその「書いた覚えの無い詩」の原文である・・・。
<非翔‐ヒショウ‐>
波打つ波間に消え去っていった
君の背中を追う事はせずに
音をたて飲み干した水分の
気泡ががらくたな音をたてた
歪んで見えるのは雨のせいで
決して僕が泣いているせいではない
歪んで見えるのは風のせいで
決して僕が叫んでいるせいではない
帰って もう一度だけ
この眼の中に君の実像を写して
帰って もう一度だけ
その姿を僕の眼に焼き付けて
がらくたの悲鳴
理由をこじつけと受け取るのは
僕の心に嘘があるから
わけを聞こうとしない君は
嘘をそれと認めるから
傷つくことに慣れた小鳥達は
自分の巣穴に帰ることはせずに
貴方の背中を探すのです
帰巣の本能が悲鳴を上げる
帰って もう一度だけ
この眼の中に君の実像を写して
帰って もう一度だけ
その姿を虚像なしで見せて
進め 顧みずに
理想論ばかりの虚勢はった人々よ
自分を庇護するなと
鏡を見ずに吐き捨てていく人々よ
夢を見たかい
出会いと別れては紙一重で
あの時目が合い初めて知る
黒く長い艶やかな物が
僕の目線の先泳いでいた
あの姿のまま五年が経ち
あの姿のまま消えようとする
それを引き留めようと不様な僕は
ただ叫んで飛ぶこともできない
この詩を良く見ると実は「曲」がつけられる様になっているのだ。
非翔・・飛ぶ事が出来ないと言う意味。
男性の手により書かれた様な雰囲気が漂う書いた覚えの無い謎の詩。
その事を奇妙に想った彼女は、その詩をフロッピーにデータを保存しておいたらしい。
・・・しかし何故かそのフロッピー自体が、その後読み取れなくなってしまったのだと言う。
この不可思議な現象について、私は今回、
同じく霊感の強い友人である水城さん(仮名)に感想を尋ねてみる事にしたのであった。
・・・その答えは次の様なものであった。
「これは共鳴したんじゃないかな?
多分、誰かの思いに愛さんが応えてあげたんだと思うの。・・・つまり代筆ね。
すごく純粋な思いがある様な気がする。
でも、多分これで未練は果たせた少年がいるんじゃないかな?
・・・ただ彼が誰でとか詳しくはわからないけどね」
それは確かに証明は出来ない事柄なのかも知れない。・・・だが、しかし。
愛理さんの持つ生来の優しさと、その霊感体質を知る私にとっては、
この言葉が、限りなく真実に近い答えなのでは無いかと感じずにはいられないのだ。
・・・そして、鎮魂の意を込めて。
ここに、「ひとつのお話」として上げさせて頂く事にする・・・。