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いこま棚田クラブ研修レポート |
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三重県紀和町「丸山千枚田を訪ねて」 |
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2005年2月24日(木)〜25日(金) |
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フキノトウの花が咲いていた |
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記 出口育宏 |
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いこま棚田クラブ研修会 |
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いこま棚田クラブはボランティアで生駒市西畑町の棚田再生に取り組んで2年近くになります。 |
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そこで他の棚田を見学し、どのようにして棚田を復元し生活の場として生かされているのかを知るために |
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NPOシニア自然大学「自然と文化研究科」と「いこま棚田クラブ」が合同で三重県紀和町の丸山千枚田を訪 |
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問しました。現地では紀和町役場産業振興課の濱中拓也氏、(財)紀和町ふるさと公社の山口育男氏他か |
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ら交流促進センター「千枚田荘」で丸山千枚田の復元取組みについて苦労話を交えて説明を受け、我々か |
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進センター「千枚田荘」で丸山千枚田の復元の取組みについて苦労話を交えて説明を受け、我々からもい |
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らも”いこま棚田クラブ”の取り組みについて説明をし活発な意見交換が行なわれました。 |
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その後丸山千枚田の中を一緒に歩いて案内をして頂きました。 |
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宿泊もできる千枚田荘 |
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紀和町役場との交流会 |
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千枚田にある巨岩 |
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紀和町の概要 |
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紀和町は三重県南部の最西端に位置し、瀞峡で有名な熊野川を隔てて奈良県、和歌山県との県境に |
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あり地勢は急峻な山岳部で林野率89%と高く耕地の大部分が山腹の斜面に散在している。 |
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昭和20年代には人口1万人を超えていたが昭和53年に銅鉱山が閉山し、現在は1800人となっている。 |
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人口の減少とともに高齢化の進行が著しく、高齢化率50%は全国一の高さである。 |
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農地は106haと狭くそのほとんどが水稲である。一戸当たりの耕地面積は0.5ha未満が圧倒的に多く |
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生産性は低い。農家数は平成7年には182戸となりその多くは高齢者の自給的農家である。 |
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丸山千枚田 |
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日当たりの良い白倉山の南西斜面、標高100mから250mの間に石積の棚田が美しい幾何学模様を |
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描いて連なっている。 |
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この地区に水田が造成された時代は不明であるが、慶長6年(1601年)浅野氏が検地した記録によると |
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7町1反8畝(約7.1ha)2,240枚の水田があった。その後明治時代には11.3haまで増え戦後20数年 |
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間はその姿がとどめられていたが、昭和40年半ばからの稲作転換政策によるスギの植林、地区の過疎化 |
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と高齢化により耕作放棄され平成5年には約600枚(4ha)まで減少した。 |
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棚田復元の取組み |
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このため先祖から受け継いだ貴重な資源である千枚田を復元したいとの地元住民の熱意と観光等で地 |
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域活性化の活路を開きたいという町当局の思いが一致し、平成5年10月には千枚田復元のために保存 |
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会を中心に町および(財)紀和町ふるさと公社に加え町外や地区外の協力者を得て、手作業による雑木の |
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伐採や切り株の掘り起こしなど困難な作業を年間90日以上費やして平成9年5月の丸山千枚田復元達成 |
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まで、保存会結成当時530枚まで減った棚田を1340枚(7.0ha)まで復元することに成功した。 |
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丸山千枚田 |
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丸山千枚田 |
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水車小屋 |
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丸山千枚田(組織図) |
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管理業務委託 |
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紀和町 |
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ふるさと |
(財)紀和町ふるさと公社 |
募集 |
参加申し込み |
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提携 |
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千枚田オーナー等 |
農作業体験 |
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参加 |
丸山千枚田保存会(会員数33戸) |
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地区住民 |
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維持管理作業 |
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丸山千枚田(7.2ha) |
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農地の提供 |
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個人管理 4.4ha |
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保存会管理
2.8ha |
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保存会直接管理 1.6ha |
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オーナー管理 1.2ha |
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丸山千枚田オーナー募集 |
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会費 1口(面積100u) 30,000円(年間) 総応募口数 125口 |
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資格 土を守り土を愛せる人 農業に興味・情熱を持っている人 農作業に従事できる人 |
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特典 年2回地元野菜の宅配(500円〜1000円) 白米15kgを保障 千枚田荘の優先利用と割引 |
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※ 田植えと稲刈りに参加 |
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丸山千枚田を守る会会員募集 |
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協力金 1口 10,000円 |
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| 特典 千枚田で収穫された白米 1.5kg |
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機関紙の発行(3〜4回) |
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※ オーナー制度と異なり作業協力のお願いはなし |
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わたしの所感(今後の課題) |
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丸山千枚田が見えたときこのスケールの大きさ、先人の米作りへの情熱、そして復活された地元の方々に |
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頭が下がり大きな感動を覚えた。ただこれをいつまでも続けてほしいと願うばかりである。 |
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紀和町は平成17年4月より熊野市と合併となる。今まで紀和町が取り組んでいた丸山千枚田に対する支援 |
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(補助金・助成金・サービス)が今後とも継続されるだろうか。 |
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丸山千枚田は宿泊施設のある交流促進センター(千枚田荘)をはじめ駐車場、公共トイレ、水車小屋、オート |
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キャンプ場、直売所(千枚田ふれあい市場)、棚田整備機械などの維持管理をはじめ棚田管理作業への賃金 |
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、運営スタッフの賃金など相当の人件費が必要である。(年間1,200万円位かな) |
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これらを棚田米の販売、農産物の販売、観光収入等で賄えるだろうか。 |
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町役場(行政)、ふるさと公社など官主導のシステムが出来上がり、地元民、地域、ボランティアなどの「棚田 |
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を復元したい」という当初の情熱が見えてこない。都会から遠く離れボランティアの動員もままならない山間部 |
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の棚田をどのようにして守っていくか、誰が守らねばならないか大きな問題である。 |
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”棚田は文化財”とかっこいい話が飛び交っている。ならば文化財は誰が守るのであろうか。 |
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そこに経済性(収支トントン)がなければ補助金や助成金も枯渇する。しかし、現在農業では食っていけない。 |
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我々の取り組んでいる「生駒の棚田」もしかりである。年金生活者の道楽(ボランティア)だけでは棚田は守れ |
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ない。といって補助金(税金)を投入して済む問題ではない。 |
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いったい誰がこの文化財(棚田)を守るのであろうか。 |
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丸山千枚田では今年の5月22日に田植えが行なわれる。水田に水が入り青々とした稲がそよぐ頃(6月) |
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棚田の再生に従事し、問題点を身近に感じている「いこま棚田クラブ」のメンバーともう一度訪問し、地元の方と |
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じっくり話し合いたいと願っている。 |
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