
亜紀ひとみ物語 ![]()
チョークをマイクに持ち替えて、教師から歌手への異色の転身
命の炎を歌に賭け、難病との闘いの中での熱唱のステージ
この世に生きた証を残す為、ただひたすらに前だけを見つめ、日々、歌い続ける。
人生の長さより深さにこだわって、悔いの無い充実した時間を刻んでゆく。
一度しかない亜紀ひとみの人生、一度しかない足跡を確実に残してゆく。
人々に、元気と勇気と癒しと感動を贈りたい。全ての逆境に立ち向かい、闘い、
笑顔で日々を過ごしたい。
幼い頃から病に好かれ、10歳の時から亜紀ひとみの闘病人生はスタートする。
サッカーが好きでピアノが好きで、活発を絵に描いたような子だった。
それが、或る日突然、糸球体性慢性腎炎という病に襲われ、一切の学校生活、
家庭生活から遮断され、挙句の果てには後5年程の命と宣告されてしまった。勉強も運動も
食生活も何もかも規制が掛けられ、普通の同い年の子供達のようには暮らして行く事が
出来なくなった。友達も殆ど無く、いつも一人でいた。が、時間がない自分の人生をしっかり
生きていかねばならないという思いに駆られ、学校に行けなくても勉強を自分でやり、
好きな音楽も家で独学、練習し、幼い頃の夢も諦め、方向転換した。
そうこうしている内に命のリミットが延長されていった。
10年間の闘病生活にピリオドを打ち、教師を目指し、京都教育大学へ。この4年間だけが、
規制の枠に捕われない亜紀ひとみの時代だった。が、しかし、いつ命の終わりが来るかもしれない
と言う恐怖感にはいつも背中を押され、それ故に日々の1分1秒が大切で、人並み以上の
ハードスケジュールで、色々な事にチャレンジしてきた。
そして、念願叶って教師になった途端、またしても病魔の手にかかってしまった。この忌まわしい
膠原病と言う難病に・・・。ここでも自分の夢が、希望が、人生の目標が無残にも断たれてしまった。
が、ここで挫けてはいけない!!教師が駄目なら次は・・・自分の残りの命を、今、自分が出来る事
に託して生きていかなければ・・・。
悲しんで落ち込んでいる暇は無い!!歌手として歌い続ける事で、亜紀ひとみの生きる道を確立して
行こうと決意する。
膠原病は、原因不明で、今の医療では治療方法も無い状況です。この病にかかって10年以上。
何度も何度も体が言う事を利かなくなり、向こうの世界に行きかけては気力で帰ってくるという
繰り返し。
歌があるから生きられる。少々の障害があっても、頑張って精神力で乗り切っていく!!どんな壁も
乗り越えていく!!いつも明るく元気に前向きに、自分を信じて夢を信じて生きていく。今有る命に
感謝の思いを込めながら・・・。
現在、週1回の通院と毎日50錠以上の薬と、気力とファンの皆様の声援に支えられ、歌手として
活動させて頂いています。命ある限り、命の最後の日まで、亜紀ひとみは歌い続けていく事を
心に誓って・・・。