| 文庫日記 |
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1月29日(日)
「短くて恐ろしいフィルの時代」(ジョージ・ソーンダース著・岸本佐知子訳)を読む。
岸本佐知子の訳者あとがきからひろうなら、まさに「大量虐殺にまつわるおとぎ話」。
機械の部品や動植物のパーツを組み合わせた生物で構成された世界。虐殺場面がリアル
で、パーツごとにばらばら分解されていく様が、なんともグロテスク。・・・というより、それを分 解していく側、あるいは、見ている側がグロテスクに感じられるのか・・・。
なんだこれ???と思いながら、最後までたどりつく。何年経っても、題名を聞けば、映像が
くっきり浮かぶ作品になりそう。
(文庫管理人)
1月28日(土)
朝8時5分、NHK総合で朗読番組「ラジオ文芸館」が始まる。この番組が、この時間帯に移動
してから、8時5分から約40分間を途切れずに聞くにはどう行動するかというのが、土曜の 朝の課題となっている。
昨週は「イラクサの庭」(堀江敏幸)だった。
今日は「モノグラム」(江戸川乱歩)。おどろおどろしい乱歩も好きだが、最後の最後でとほ
ほ・・・という感じの軽い仕掛けでしめるこの作品も、朝の朗読にはふさわしい気がする。
「イラクサの庭」も「モノグラム」も再放送で、聞いたのは2度目。ストーリーはわかっているの
に、やっぱり最後まで聞きたい。文章のなせる業か、朗読のなせる業か・・・。
(文庫管理人)
1月20日(土)
「神様2011」(川上弘美)を読む。
1993年に書かれた「神様」は、クマとピクニックに行くお話し。礼儀正しいクマ、人間より
人間らしいクマ、時々クマそのものが出現すると照れ隠しに言い訳するクマ・・・その人柄(ク マ柄?)がなんともいい。ラジオの朗読番組でも何度も取り上げられ、聞く度に、人間同士も これくらいの関係っていいなと思う。
2011バージョンは、ピクニックに行くという当たり前の生活にも変化をもたらした「今」のお
話。
状況は変化しても、クマ柄はよく、思いやりがある。そこに変化がないことに、ほっとする。
(文庫管理人)
1月16日(月)
本屋さんに行くと「なずな」(堀江敏幸)が、平積みしてあった。「本の雑誌が選ぶ2011年
度ベスト1」の帯付き。
ベスト1に賛同するかどうかは迷うところだけど、ベスト5であれば迷わず入れる1冊。
書評に「堀江さんが赤ちゃんの話なんて・・・」という一文があった。書評と同じように、赤ち
ゃんの話なんて・・・と思ったけど、読んでみるとなるほど堀江敏幸が書くとこうなんだと納 得。赤ちゃんだろうと、成人だろうと、老人だろうと、同じく人のなかで生きている人なのだ。
ぐちゃぐちゃしたり、よっかかったり、離れたり、くっついたり、遠巻きにしたり・・・関係性は
いろいろだが、とにかく、誰もが人のなかで生きている。
(文庫管理人)
1月2日(月)
「嘘みたいな本当の話」(内田樹選)は、「嘘みたいな本当の話を募集します」という呼びか
けに応じて集まった話の中から、内田樹と高橋源一郎が選んだ話を1冊の本として出版した もの。
ポール・オースター選「ナショナルストーリプロジェクト」の日本版。最後には、柴田元幸と内
田樹の対談というおまけつき。
嘘みたいな本当の話に出会った時、人はどういう反応をするのか?こういうことなんだと理
解する人あり、教訓にする人あり、ふ〜んとそのままうけとめる人あり。
不思議でもあり、おもしろくもある。
(文庫管理人)
2012年1月1日(日)
ここ最近はクリスマスもお正月も
他のふつうの一日と同じように過ぎていく。
たとえば、まだ10回目のお正月と4●回目では特別感は違って当たり前で、
思うに、年を取ってもつねに新しいこと(初めてのこと)をやる意味は
そのあたりにもあるのだろう。
ふつうの日々を淡々と重ねるのも素敵だけど、
今年はたまに新鮮な一日をつくりたいなと思う。
というわけで、さっそく、初めてのことしてみました。
ひとり年越し。
ひとりでクリスマスはずいぶん前から板についてる私、
不覚にもひとりで年越しはまだでした。
結果はなんと、今までで一番ふつうの日と変わらない大晦日の夜となりました。
カビの生えかけた昔のビデオを出してきてひとり名画座。
道→ローマの休日→幸福→田舎の日曜日 (以上、恥ずかしくない作品のみ公表)
2012年の夜明けとともに、ストックされていたお酒も底をつき、充実のオールナイト劇場を
終えました。
最後になりましたが、
新年あけましておめでとうございます。
今年も新鮮味のない聖屋を淡々とやることになりそうですが、
新鮮な野菜と玄米の力を借り、お客さんに助けられながらがんばります。
本年もどうぞよろしくお願いします。
(聖)
8月10日〈水)
お土産に頂いたニョロニョロ
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8月8日(月)
前略、 おり姫はん
年に一度のデイト、気張らはりましたか。
ちょうど旧暦の七夕さまの日はどこかで花火が上がってはったようどす。
ドンドンゆうて音だけ楽しませてもらいましたえ。
星の世界からも見えてたらあんたらも盛り上がったやろけど、
ま、遠すぎますわな。
花火同様そっちからは見えへんやろ思うけど、
地球では今な、太陽に照らされてパネルがぎょうさんキラキラしてはるんでっせ。
けどな、これらも色々問題はあるんどす。
文庫管理人はほめてくれはったけど、
今にもそのまま自然に返りそうな(当然パネルの重さには耐えられへんような)
古い山小屋に住んで、自然に負荷をかけへんよう暮らしてはる彼女らの方が、
ずっと素晴らしい思うわ。
とは言えな、せっかくつけたんやから、頑張って発電してもらわなあかんねん。
昼間はできるだけお日さんに出てきてもろて、
雨は夜のうちに降っといてほしいねん。
わてが念じてるよってに、星が見えへん夜が多なってくるかもしれへんな。
ちいと寂しいさかい、まめに便り送ってな。待ってるで。
ひじりこ
7月22日(金)
暑中お見舞い申し上げます。
そして、夏休みに突入したちびっ子たちにはお祝い申し上げます。
夏休みはないけど、私もちびっ子になったつもりで読んだ。
「はなはなみんみ物語」わたりむつこ作、全3部作。
小人の国の物語。
魔法や冒険、恋もあり、わくわくするお話だけど、
涙が止まらない、悲しい場面もある。
きっと子どもも泣くだろう。
でも、多分私のは大人の涙。責任や反省の涙。
小人の世界はそのまま今の人間の世界と重なる。
小人たちは一生懸命心を見つめ、大事にした。
そして、一度は失った大切なものを再び取り戻す。
私も含め人間はたびたび傲慢な心を持つ。
ただ、今のような(日本の)状況の中で、
まだ、コントロールできる、してやろうと考える人間がいることに強い憤りを感じる。
心の底からそう思ってるんだとしたら本当に悲しく、やるせない。
作者わたりむつこさんもあとがきで言っている。
「人間の運命のかぎを握る最後のものは、
目には見えない私たちひとりひとりの“心”ではないかと思うのである。」
ともあれ、
ちょっと説明的かなと思う所もあるけど、
どきどきわくわく感を最後まで楽しめる作品です。
すすめてくれた会員さんTちゃん、ありがとう。
個人的には小人たちの食卓にきゅんきゅんなった。
くるみわんに注がれたきなこ汁、ほしパンにはこけももジャム
・・・食べたい・・・
(聖)
6月8日〈水)
「聖屋でこれからのエネルギーを学ぶ」を発行しました。
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B4版1枚の冊子、無料です。
先生Hさん(電気の技術者・高知県の発電事業に関わって数十年・聖屋のお客さん)に、こ
れからのエネルギーについて生徒(聖屋文庫管理人)が尋ねたあれこれを文字にしたもので す。
作成しようと考えたのは、以下のような経過です。
(以下、冊子より抜粋)
原発事故から1ヵ月後、聖屋でHさんと出会いました。コーヒーを飲みながら、私の質問に
的確に答えてくれるHさん。原発やエネルギーに関しての「・・・と聞いた」とか「・・・らしい」と いう会話にうんざりしつつあった頃でもあり、経験をもとに語られる事実を聞くという時間を過 ごすことで、しばらくぶりにすっきりした気持ちになりました。そして、原発事故以来始めて、 これから・・・を考えてみようという気持ちになりました。
それから、しばらく経ち、お願いして、再びお話を聞きました。(お話をうかがったのは5月2
5日です)ちんぷんかんぷんの生徒に、年季の入った先生のように丁寧に答えてくださったH さんありがとうございました。 手にとってくれた方の、これから・・・を考える材料になればう れしいです。
そして、作成する原動力となったもうひとつの要因は、聖屋店主が太陽光パネルをつける
計画を着々とすすめだしたことです。いつも、その行動力には、頭が下がりますが、今回に 関しては、どこまで下げても足りない。行動して、着実に現実を変えていく人です。
(文庫管理人)
3月25日(金)
東日本大震災から2週間が経ちました。
文庫の入り口に、
「ご自由にお取りください」と小さな栞を置いています。
やさしい黄色で描かれた絵は花のように見えますが、
形は十字架。レッドクロスならぬイエロークロス。
その下にはきれいな水色で小さく地震の日付が入っています。
文庫本や手帳にはさんでいつも携えていたいなと思います。
記憶が薄れていかないように。
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最近読んだ小川洋子の「人質の朗読会」は
白い装丁に濃紺の栞がすてき。
小川ワールド全開で超おすすめ。
文庫にも入荷しています。
(聖)
3月5日(土)
「第二音楽室」「聖夜」(佐藤多佳子)を読む。学校と音楽をテーマにした短編から長編まで
を集めた2冊。
「一瞬の風になれ」では、走る姿を見せてくれた作者が、この本では、リコーダーやパイプ
オルガンという楽器や、奏でる人間を見せ、音として聞かせてくれる。
ともに何かに打ち込むことによって、強いつながりができていく。そして、つながることによ
って、壁を乗り越えていく・・・というありがちなストーリーに、こんなにも心が動かされるの は、登場人物と同じぐらい強い、作者のテーマへの探究心があるからなのかもしれない。
(文庫管理人)
2月23日(水)
「なくしたものたちの国」(角田光代)を読む。
初期の作品はあまり興味がなく、重い本を読んだあと、ちょっと息抜きに手にとっていた。
いつからだろう、じっくり読む本に分類するようになったのは。現実の感情どろどろの話も好 みだけど、今回のような不思議な、静かな話もいい。
私のなくしたものたちの国に行くときがきたら、何に出会えるのだろう・・・。耳がちぎれそう
になっても抱っこしていたコアラのぬいぐるみのプー、きっと待っていてくれるよね。
(文庫管理人)
2月17日(木)
「死ねばいいのに」(京極夏彦)を読む。
文句たらたらの人間は生に執着し、満足している人間はいつ死んでもいいと思う。どちらが
幸せなのか、どちらが正直なのか・・・。
あっちへいったり、こっちへいったりしながら、生きているのかもしれない。
(文庫管理人)
2月9日(水)
雨が恋しくて仕方なかった私、昨夜はうれしくて眠れなかった。
ずーっと雨音を聴いていた。
夜、ぼんやりしていると、かずかに雨の音がする。
雨だ!懐かしさにうれしさが込み上げてくる。
すぐにでも窓を開けたいのを我慢し、まず音だけに集中する。
この音をもう何年も待っていたような気になる。
ぽつぽつ、ぱらぱら、気持ちがだんだん潤ってくる、、、
まもなく本格的に降り出し、うれしさもマックス、音に合わせて拳を突き上げる。
ライブを終えたあと、
窓を開け、匂いを嗅ぎ、息を吸う。
全身に染み渡るように思い切り吸う。
からからに渇いた皮膚や髪や肺や血管が少しずつ少しずつ湿り始める。
大袈裟でなく生まれ変わった気になる。
すごいね、雨って。
砂漠化していた畑にも雨は降ってくれた。
葉っぱを鳥に食べられ、みじめな姿になったブロッコリーも今朝は心なしかイキイキして見え
る。
そして、忘れてならない植えたばかりのアーモンドの木。
彼女の上にも雨は降り、固い蕾も濡れていた。(植えたばかりと言ってもすでにかなり大きく
蕾み付き)
お客さんに喜んでもらえるよう立派に咲いてね。(できれば実も付けて種も育ててね)
さて、アーモンドの木を彼女と呼んだのは、最近読んだ絵本のせい。
シェル・シルヴァスタイン作、村上春樹訳の「おおきな木」。
この絵本は大好きな一冊で、初めて読んだ時とても心打たれたのを覚えている。
旧訳の印象が強かったのか、新訳の春樹訳を読んだ時すこし違和感をおぼえた。
主人公の木を春樹は女性として描いている。多分原文は[she]なのだろう。
無償の愛を与える木、母性を想像させるとも言えるけれど、、、翻訳ってむずかしいね。
出会った順番もあるだろうけど、この絵本はほんだきんいちろうさんの訳のほうが好きかな。
「おおきな木」の一生は尊くもあまりに切ない。
聖屋の庭のアーモンドの木には無邪気に奔放に生きていってほしい。(でもお願い、ちゃんと
咲いてね)
(聖)
1月23日(日)
「トイレット」(萩上直子監督)を見に行く。とさりゅう・ピクチャーズ主催。
何度も、くすっと笑う。
風景、インテリア、小物、服、食べ物・・・すべてが、いやらしくなく、適度に素敵。特にモー
リーが自分で縫った、スカートの柄は、どれも◎。
しかしなんと言っても、ステキなのは、もたいさん。うーん、すごいわ・・・。
(文庫管理人)
1月19日(水)
「塵よりよみがえり」(レイ・ブラッドベリ)を読む。
果てのない時間を過ごす一族とその物語をあずかることになった男の子の物語。
ひとつひとつの物語に、光るものがある。きらきらした光だったり、鈍い光だったり、冷たい
光だったり・・・。読み終わり、本のページを閉じた時、光ながら羽ばたいていく本が見えた。
(文庫管理人)
1月10日(火)
「メモリークエスト」(高野秀行)を読む。
「本の雑誌」連載中の西サハラでのマラソンの挑戦・・・という、またまたわけのわからない
行動レポート(?)がまことにおもしろく、高野秀行の存在を思い出し、久しぶりに「高野秀行 読んでみようか」と図書館のパソコンで検索して、手にとった本。
今まで自分の行きたいところにひたすら向かって行った著者が、新たな試みとして、ホーム
ページで「探して欲しい人」を募集して、実際にその人を捜しに行く。それも、海外に。名前も 定かでなかったり、10年以上も前だったり、国籍もあやふやだったり・・・。
当然行き詰ることもある。けど、パズルが一瞬にして解けるように、ぱたぱたと見事に人と
人がつながっていくこともある。お見事!としか言いようがない。
その力もすごいけど、見つからなくても、見つかっても、一緒に行動しているかのようにわく
わくさせてくれる文章力に拍手。楽しみました。
(文庫管理人)
2011年1月1日(土)
友だちのA子ちゃんはうさぎと話が出来た。
いつも一緒に寝ていた彼女のうさぎは今はもうこの世にいない。
「うさぎがなつかないというのは絶対にうそ!」
幸せだったうさぎとの日々をまっすぐな目で訴えた。
うさぎには私もちょっとした縁がある。
何年か前に身辺整理をした時、教育実習時代にもらった生徒からの手紙が出てきた。
うさぎ先生へ
やすみじかんに先生のうでのおにくまたさわらせてね。
おにくの事はさておき、いやはや、かわいいあだ名を付けてもらったものである。
確か「きらら先生」なんて呼ばれていた人もいた。
私のは多分前歯がうさぎっぽいという理由だろう。紙一重でねずみ先生だったかも。
え?おにく?
そういえば、何人か休み時間のたびに私の二の腕をさわりに来てたっけ。
筋肉というものに無縁の私はぷにぷに感が売りだったのだ。
最後になりましたが、
新年あけましておめでとうございます。
2011年はうさぎ年。
ミッフィーの絵本は文庫にもたくさんあります。
聖屋、文庫、ともに明日からオープンです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
明日はうさぎのお面で営業中!(気分しだい)
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