10/2


小谷落城に先立つこと3年、元亀元年の我々は姉川にあった。 余談ながら、元亀という年号はたったいま初めて知ったし、初めて書いた。 そしておそらく、一週間後には忘れているだろう。


鬨の声を響かせ、ややへっぴり腰で渡河。


うつむき加減の帰陣。 果たして何があったのか?


<再現VTR>















<正解VTR>


御首頂戴の場面が、思いのほか某過激派組織を彷彿とさせる画になったから。
に加えて、小生の斬撃が完全に野球スイングだったため。 上半身が突っ込みすぎている。 あれじゃ外野に飛ばせない。

さて、三文芝居じゃれ合った我々は、今回の旅のベースキャンプとして定めたTに到着した。 絶賛内容少ないため、軋轢を生みたくないのでイニシャルトークでお届けしたい。 いやはや知名度はそこそこにあるのだが、だからこそ、ある程度の地方都市であることを期待していたのだけれど、想像以上にシャッター街であった。 駅前に赴いても、人の姿が見受けられない。 夕飯にありつこうと思っても、そもそも開いているお店の少なさに驚き、困惑する。 数少ない明りの漏れているお店を覗いても「無理」とすげなく追い返される始末。 「無理」ってなに?  通りには人の気配がなく、閑散としているにもかかわらず、それでもお店はキャパオーバーの大繁盛にてんてこ舞いを演じている。 キャパシティ小さくない?  たしかにまあ、お店には人が入っているのだが、ぶっきらぼうになるほどの経験にない大入りなの?  しかもほとんどのお店が、色々といっぱいいっぱい状態。 どうしたのT。 こんなんだったのT。 T気比で有名なのに。

宿のおばちゃんに「ぼったくられないように注意して」と言われていたのに、そういった界隈すら、どこにあるの?  行くつもりはないが、そもそも、ねえよ!

歩き疲れた我々はようやく見つけた小さなお好み焼き屋にて腰を据え、猥談に花を咲かすのであった。

なんやかやで腹を満たした高尚な我々は、宿に戻って雅な茶の文化に心を癒すことにした。


ハイテンション利休と現宗匠のますっち。 うえっちがこの日のために戯れに購入してきたカードゲーム。 本人としてもおそらくは一発ネタのつもりだったのだろうが、あにはからんや、これ面白くね?  手探り状態の初回から、勝手がわかってくるごとに、どんどんその奥深さにのめりこんでいく。 旅行から戻り、まず真っ先にネット検索したワードは「ハイテンション利休」、笑えるほど高評価。 うえっちのお手柄やで。

ハイテンション利休で場の空気を盛り上げてから、いつものように麻雀で夜は更けていった。 ていうかもうすでに更けていたけど。 さらに、更けてった。


10/4

2日目。 車はさらなる戦いの地を求めて向こうへ向こうへ走る。 四国の人間である小生にとって、北陸は「向こうの向こう」としか言いようがない。 カーナビにとっても同様であったらしい。 ナビるどころか金沢過ぎると率先して右往左往、目的地が遠ざかってますけど!  カーナビにとっては金沢の先が「向こうの向こう」。



そんな、金沢をスルーして急行しましたのが、末森城。 佐々軍の猛攻に耐えかねて落城寸前であります。



待ってろよみんな、いま助けに行くぞ!  と悠長にポーズをとって撮影。 落城必至。



道中の戯れ。 城を包囲する佐々軍を急襲。 今回のミッションは城を攻めるのではなく守ること。 我々守城の人になります。



で、ようやく本丸に着きまして、伝承にのっとり攻め手に小便をひっかけます。 我々に少し遅れて本丸に到着した、歴史好きなおじさんとしばしの談笑ののち、おじさんが下山してったのを確認してからの撮影。 安心してください、ペットボトルです。



ならばと、こちらの方も負けじとひっかけます。 「この間のシルバーウィーク、なにしてたの?」 山に登って小便をひっかけ合っていました!  言えるわけがない。



奇策だけでは勝てません。 さっきは違うものを鞘から抜いた気がするが、それは気のせいだ。 真正面からの斬り合いで、いざ勝負。



2500の兵を率いた前田利家は、末森城を責める(誤字)佐々成政のうしろを攻撃し、これを撃退した。 こうして書き出してみると、末森城の楽しかった思い出がどんどん汚れていく不思議。



なんだか終始アレだった末森城の激戦を終えて、我々はフツーに金沢観光もしてみた。 フツーに。


近江町市場を抜けて金沢城へ。


からの、兼六園。 なんかフツーでしょ。 フツーも悪くないんです。 連休の観光地、人の多さはとんでもないことになっていましたがね。 急に都会に出てきた田舎者みたいな、落ち着かない気分でした。 まあ間違いじゃない。 いままで行ったのは山城と敦賀だし。 でも敦賀だって、いいところたくさんあるんだから。 高校野球が強い……とか?

というところで、今回はここまで。 ちなみにこの日のお昼は金沢でシースー。 回らないシースー。 のどぐろも食べちゃったりなんかして、シースー。 マジで美味しかったらしいよ。 ご満悦。


ではまたアデュー。

10/8


末森城は遠かった。 金沢は人も車も多かった。 よしでは帰ろう、我らが敦賀へ。 の前に、立ち寄らなければならないところがある。



そう、一乗谷。 怠惰で引き籠り、小生のお師匠様である朝倉義景公ご自慢の内ごもり部屋。 谷という奥まった場所に隠された快適な住空間。 母のように優しく包んでくれる山々が、戦乱の世を忘れさせてくれる。 谷を一歩出れば血煙が舞っているなんて、おとぎ話じゃなかろうか。 そうだ、きっとそうに違いない。 ねえ太平の世を楽しもうよ。


マイナスイオンあふれる清澄な空気。 周囲には穏やかな自然と、まこと頼りになる家臣団が侍る。 義景公のように、小生も恵まれた環境に守られて安穏と暮らしたいものだ。

夕闇に沈みかかる一乗谷を後にする。 車は山岳ルートを抜けて、大きな通りに出る。 辺りはもう真っ暗だ。 ……真っ暗?  我々に一抹の不安がよぎる。 ここいらでは大きな道だよね?  北陸の大動脈と考えていいの……かな?  なんで真っ暗なの?  敦賀までの帰途、どこぞで夜ご飯でも食べようと車内でまとまった会話。 すぐに見つけた焼肉屋、「でもまだちょい早いな」とスルーしたが、あれが最後の飲食店であった。 結局敦賀に入るまで、敦賀に入っても、真っ暗だった。


メシを求めて商店街を歩く。 まだ20時前なのだが。 が、よくよく考えてみれば小生の地元だって夜は早い。 小生らは日中の敦賀を知らんのである。 もしかしたら、すごく賑わっているのかもしれない、いないかもしれない。


ようやく見つけた居酒屋ではしゃぐオッサン。 まだ酔ってはいない!  充実感には酔っていたかもしれない。 今日も良い日であった。


そんで屋台のラーメン。 前日からその大好評っぷりが気にはなっていた。 おいしかったらしいよ。 居酒屋帰りの屋台ラーメン、ほんとオッサンだなー。 ちなみに、この画像の大きさならわからないと思うけど、赤の他人には地味にモザイク入れてるこの気配り。 非難されそうなことからは徹底的に逃げ弾正。 失敗を恐れる!

満腹になった我々は宿に戻り、一発ネタで終わるはずであったハイテンション利休に興じたのち、麻雀という定番コンテンツを堪能したのであった。 そうした中、前日にはなかったある要素を、我々の耳は的確にキャッチしていた。
―複数の若い女性の声がする―
あと男の声もするが。 混合団体旅行ですか、いいですな。 特に気にしないふりをして、麻雀。 さて5人旅の我々、麻雀は一人余る。 よって、その一人が順次お風呂に入っていくようにしていた。 お風呂は男女兼用である。 これはいけませんな。 お風呂から帰ってきたぎっちが言う、向こうの男とお風呂で一緒になった、と。 それはいけませんな。 いよいよ小生のお風呂タイム。 もちろん事故を避けるため、誰もいないのを確認して脱衣所に入り浴室に入り、あ、いっけねー、カギを閉め忘れちゃった、てへ。

なにもなかった。

こうして2日目は終わっていく。 そんで最終日。 ただ帰るだけでなく、この日も我々は果敢に攻めたらしいよ。 ただそれはまた後日。 今回で一気に終わらせようとしたらしいけど、なんだかんだで伸ばしたらしい。 次回で終わらせる、予定である。 そんでできるだけ早く上げる、予定である。 ではアデュー。


10/11


敦賀最後の夜はあっという間に消し飛び、朝。 宿の近くという好立地にもか関わらず散々迷い、それでもなんとか金ヶ崎の地に参上したのであった。 余談ながら、松本零士からロマンを抜いたら何も残らないと小生は考えている。 余談ながら、メーテルみたいな人と結婚したいと小生は考えている。


登り始めてあっという間に着いた金ヶ崎城趾。 将軍招いて朝倉家無礼講の宴の開催です。


と、将軍様うしろを責められるの図。 なぜ30も半ばのオッサンが連日光圀公を責めて盛り上がるのか。 刺されている人はむしろ40に近いのに。 ああ、情けなや。 この事件が契機となり、将軍様は朝倉殿から織田殿に鞍替えしたという。 よほど堪えたらしい。



ついてこれない奴は置いていく賤ヶ岳。 金ヶ崎城では醜態饗宴御乱交阿鼻叫喚、している知らぬ間に織田殿撤退しており、暴れたりない我々は帰路の途上にあった賤ヶ岳で五本槍と化すのであった。


やーやー勇ましく登りも下りもリフト。 もういいかげん、歳やねん。


リフト降りてから少々登りの、記念撮影。 五本槍揃っての写真はそうそうない貴重なショットではあるが、驚くほどにグダグダな構図となった。 山頂にて唐突に絡んできた有料ガイドの「撮ってあげるよ」サービスに、設定練る間もなく切られたシャッター。 たぶんこの五本槍は戦場で奇襲を喰らったら踏ん張る間もなく瞬時に蒸発する、そんな気がする。



んで坂本城址ちろりと寄って、うえっちが「もうないか? ほかにないなら、俺の行きたいところがあるんだけど」と車を走らせます。 唐崎の松が見たいという。 皆に異論はない。



訪れました日吉大社。 雰囲気があってよろしおま。 お猿さんもおったのですよ。 ますっちなんか御朱印帳を用意していたんですよ。 なーにー、てかそれ良い。 実に良い。 小生もしれっとマネして御朱印帳を買おうかしら。 でもあれだよ、小生の遍路の御朱印帳も負けてないよ、すごいよ、いま行方不明だけど。 部屋のどこかにはあるはず。


奥へ歩を進めると、日吉山荘に迷い込む。


なんですかここ。 ディープスポットですか。 お泊りもできるようだけれど、これはなかなか勇気が出ない。 ネットで宿泊レポを探そうとしたのだけれど、なんか、見つけられなかった。 他の人もここで食事はとれど、宿泊に関しては「へー泊まれるんだー」とか「いつか泊まってみたいな」とかいった記事で、違うねん、泊まってどうだったかを知りたいねん。 小生もいつか泊まってみたいな。

違うくない?  そうじゃないんだ、唐崎の松なんだ。 我々が見に来たのは唐崎の松。 どこにあるの、うえっち。 「さっき聞いたらさー、別の神社だった」。 OK、そういうことね、了解した。



唐崎神社。 日吉大社の摂社の一つである、ってWikipediaに書いてあった。 まぁいい、念願の唐崎の松に万歳。 琵琶湖に面しており、さすがに景色がいい。


ので、ベンチに腰掛け歌人気取り。 いい歌は詠めたのであろうか。 われならで誰かは植えむ。 あとは蛇足。


車は京都に入った。 山科でぎっちとますっちが下車する。 五人そろっての旅行はいつ以来だったか。 二人の参加でこの旅は色彩豊かなものになった。 ありがとう、また次の機会が待ち遠しい。

都人たちと別れ尼崎に帰った三人は、まだ小生のバスの時間まで若干の余裕があったため倉式珈琲で一息をつく。 メロンソーダフロートとサンドイッチで腹を満たしながら、いや今回は密度の濃い旅行であった。 遠くは末森城までえらく長い進軍であった。 ハンドルを握ったうえっちとあおっちには感謝の言葉しかない、ありがとう。 深入りしすぎて敦賀で補給線が切れかけたのは予想外であったが、あれはあれでいい思い出だ。 今回小生が田舎人アピールを控えたのは、ひとえに敦賀のせいだ。 ごめん、小生は都人だったみたいです。

立花駅に送ってもらい、二人と別れる。 楽しかったね、ありがとね、またね。 そうして一人になる。 ああなんだか、やっぱり、この瞬間は物悲しいものだ。 三ノ宮駅のバスターミナル。 連休も終わりに近く、人が多い。 椅子にも壁際にも近寄れず、突っ立ったままバスを待つ。 次の旅は、どこだろう。 次の旅までには、ああしてこうして、思いを馳せる。 大阪からの客を乗せて、バスが入ってきた。 荷物をトランクに放り込んで、席に落ち着く。 程よい疲労感。 松山まで、これならぐっすり眠れそうだ。 ただし、あの二人の関係性がはっきりして小生のモヤモヤが晴れれば、であるが。 だからお前らなんなんだよ。 親子なの? 親戚なの? 同好の士なの? 穏やかでない関係なの?  なんで行きも帰りも同じバスなんだよ。 日にちが被るのはあっても、便まで同じっておかしいだろ。 しかも今度は小生の真後ろかよ!  休憩で停まったSAで若いほうが弁当を買ってきて、仲良く食べてんじゃねえ。 ほんとなんなん、お願いだから、寝させてよ。 なんで旅の締めがお前らなんだよ!

こうして小生のSWは終わった。 始まりと終わりでまさかのトラブルに見舞われたが、今回も素直に楽しかった。 みなさま毎度のことながら、ありがとう。 ではまた共に良き旅ができるよう、ご達者で。 アデュー。


10/14

ようやく完結を迎えた今回の紀行。 なぜこんなにも遅れたのか。 そこには様々な理由があって、無論のこと「忙しかった」と、一言で弁解するならそれしかない。 客観的に見ればなんら忙しくはなかろうし、それについては自覚があるのだが、主観的に見れば忙しかったわけで、この世は小生の主観で回っているんだから仕方がない。 どんなに時間があっても、他にしたいことがあったり、なくてもしんどかったり面倒だったり忘れていたりどうでもよかったり、したらそれは「忙しい」という言葉で表現できると、小生は辞書にそう書き加えている。

ごめん、忙しかったんだ。

それでも我が世と我が読者の偉大なる小生様は、寛大なる御心によってさらにもう一段階の言い訳をご用意なされたので心して拝聴してほしいのですが、よろしいでしょうか。

ここでもあえて一言で申すなら「心痛」に尽きる。

今回旅行するにあたって、小生はひとつの小ネタを仕込んでおいた。 「小生、コー○ーの株主なんだ」がそれである。 旅路を共にする面子は揃いも揃ってコー○ーのゲームに一家言ある二癖も三癖もある連中なので、「小生、コー○ーの株主なんだ」はそこそこインパクトがある小ネタではなかろうかとほくそ笑んで、糞コー○ーの株を用意したのであった。

YES、高かった。 怖かった。 だが、小生にとって糞コー○ーはゲーム最大手の安心企業。 値を下げることも考慮はしたが、そこは旅行の経費と計上する覚悟を決めて、それに糞コー○ーのような大手は下げたとしても高が知れているだろうと、甘い考えがあった。 あとで口座を開いた証券会社のサイトで企業情報を見たら「ゲーム会社中堅」とか書かれてて、そっかー一般的には中堅なのかー、客観性を失ってたなー。

この前買ったおニューパソコンよりも高い値段であったのだが、旅行から帰って売ればまたお金は返ってくるし、そう考えれば小ネタ仕込むにしては安上がりなんじゃなかろうか。 そう思っていた。 だからチャートもろくに確認せず(確認したところで理解できますか?)、勢いでポチっと即決購入したのであった。

「小生、コー○ーの株主なんだ」
ちょっとだけ話題のネタになった。 10分くらい。

旅行から帰りSWが明けての初日、糞株は小生の買った値から-3000円でフィニッシュをしやがった。 OK。 よろしい。 経費と考えるなら手頃である。 であるが、損失をだけ考えていたわけではない。 利益を上げても、いいんだよ。 株は恐ろしい。 売るタイミングが難しいと、ネットでいろいろ調べたところ、そういう言葉が多く聞かれたが、勝手もわからないうちからその言葉の重さに気づくわけがなかった。

翌日、-7500円でフィニッシュです。 小生、尋常でないほど心を痛めたらしいよ。

さらに数日後、糞中国の糞経済先行懸念から糞ダウ平均株価が糞急落して、糞日経平均まで五本槍もとい五人組よろしく連座して糞急落した。 -15000円でフィニッシュです。 なんなん……お前なんなん…… ついに、旅行の経費なんて甘えが許されないレベルに達しちゃったな。

そ、そうだ、この糞株には株主優待があって、糞の選定商品を(小生の保持株数なら)ひとつ、40%OFFで購入できるのだった。 どうだ、すごいだろ。 たとえば一万円の商品なら6000円で購入できて……なんだけど、そうか、4000円のお得か。 ワリに合わないな!  だいたい、そもそも、商品を買わなくちゃならないし。 それに糞の権利確定日、つまりコノ日に株を持っていれば其方は株主ですよー、って認められて株主優待が発生する日は3月末日。 なげえよ!  先は糞々なげえよ!  そんなに我慢できねえよ!

時は流れて10/14。 いやーねー、数日前から上昇してるなーって思ってたんです。 御コー○ー株様が。 そしたら11時前には+6000円とかつけているんです。 笑いが止まりませんな!  まぁ、それをピークに落ちていってるけどね!  なんかさ「まだ上がるんじゃね?」って思惑と、「旅行の思い出の株だから手放すのは寂しいなぁ」って感傷で、なかなか売り注文出せないでいたのですよ。 そしたら、落ちるし。 ガツンと落ちるし。

諦めて飯食った。 録画しておいたテレビ番組を見た。 部屋に戻って株価をチェックした。 すると再び+5500円まで復活なされていた御コー○ー株様が「名残惜しいが、見送りはここまでで」と一言残して、颯爽と出奔していった。 格好良すぎるぜ御コー○ー株様。

ちなみに-15000円の含み損になったときは、それまでキリキリしていた胃の痛みが治まり「もうどうにでもなっちゃえ」って心境だったらしいよ。

こうして、小生の長い長いシルバーウィークは終わりを迎えたのであった。 注文確定ボタンをクリックして。


10/18

少々の迷いはあるが、その迷いの根源は定かでない。 なぜ迷うのか。 迷う必要はないではないか。 迷うほどの問題でもない。 自分でもそう思う。 わざわざ書くほどのことでもないし、書く理由すらない。 時を置いて書いたならそれはそれで、時を置いた理由が自分でも見つけられなかった故、いままで書いてはいなかった。 書く書かない、意識に上げるのすら憚っていたような気がする。

まぁ、年賀状をやり取りしている諸兄方にはいずれ手紙を届けるのでわかることであるし、当サイトのターゲットはその狭い枠に限られたことであるので、隠すことでもないし、隠していたつもりはないけれども、つまり、本日小生は父の四九日を終えました。

たぶんこういう生々しい事柄は、当サイトの雰囲気にそぐわないと、小生は判断したのであろう。

実際に、そぐわない。

父の死を重々しく、そうでなくても真面目くさって書き連ねるつもりはさらさらない。 だいたいにしてこういう事柄は往々にして当人よりも周囲が大事に思い遠慮し憚り、変な空気になるのが常であって、であるから小生もいままで書いてこなかった。 ま、父の死から四九日の、いわば小生喪に服すのあいだに、小生のんきに北陸旅行に行ってるけど!

旅行中もほんの少々、そういう会話はあった。 遺産がどうのこうの、相続税あるいは贈与税がどうのこうの、その折どう節税するかどうのこうの。
「俺たちも、こういう会話をする年齢になっちまったんだな」
「そのうち親の介護がどうのこうの、会話に上がるぜ」

というわけで小生は父を亡くしたわけで、まぁそれはそれ、最期を看取れたのでよかったですね。 その程度の、これは長い長い枕詞と、あるいは前置きだとで思っていただければ幸いであるが、考えてみれば今回の文章もいつもと変わらず、前置き9の本文1な内容になってしまうのですが、小生が地方には「みんま」なる風習があるのですよ。 いやまぁ、そんだけのこと。 それだけが言いたかったというか、ほかに書くネタがなかったので已む無く持ち出したネタであるけど、「みんま」でありますよ。

漢字で書くと「巳午」。 小生が松山地方を中心とする風習でありますが。ぶっちゃけのところ小生にとっても「は? みんま? なにそれ?」であります。 どうやら新仏さんにとっての正月というらしく(仏事でなく神事らしいが)、なんやかやするらしいですよ。 どうも発端は秀吉の朝鮮出兵の折に、出陣する将兵のために先に正月の祝いを挙げておくとかなんとか、よくわかんないけど、そんなかも。 ああいけない、小生は酔っておられる。 四九日、夜の会食、イトコと飲みすぎたらしい。 どうもいけない。 油断すると落ちそうだ。

家に帰ってからもドサクサに紛れて、よいじゃありませんか、とのみつづけておりますので、小生はどうもよっておるようで、「みんま」なる風習がわが地方にはあるのですよ、と、言いたかっただけなのでありますよ。 詳細は小生も知らん。 でも、他地方の、地域限定の風習の存在を知るのは、面白くね?  と小生なんかは考えるから、こうして、お知らせ遊ばせたのですよ。 詳しく知りたい奴は、自分で調べりゃいい。 小生は知らん。

小生にとっては、四九日終えてもまだ残ってるのかよ、って心境ですが。

そんなこんなで、年賀状やり取りしている間柄に関しては、いずれ喪中ハガキがいきますよってハナシ。 もし届かなくても、そういうことですので、ひとつヨロシク。

でも、おもしろいですよね。 松山は、それなりに都会化していると思っていたのですが、こういう風習も根強く残っているのですね。 父の死に関しては小生だって色々と多々種々思うことあれど、「みんま」に関しては「なにそれおもしろい」と感じてしまいましたしね。

まあそんなとこ。 晩年、といっても数週間のことではありますが、父はエレキトリカルパワーでウィーンと動く電動ベットの住人となっておりまして、それにすら自力で乗れないときには、小生が「うんとこどっこいせ」と必死で担ぎ上げておりました。 その重さが懐かしいと、イトコと飲みながらふと思ってしまったわけです。 あのとき、小生の両腕にはしっかりと父の重さがあったのだけどなあ。


10/22

最近のブラウザはブックマークが異常に使いにくいと思うのだけれど、なぜあんなことになっているのか。 ええねん。 普通でええねん。 古風なのでええねん。 余計なことせんでええねん。

そうそう、小生今回は愛媛マラソンを走りません。 いやさ、走れません。 抽選に漏れたのですよ。 おかしいな。 毎年毎年走ることができていたから、てっきり小生はフリーパスなんだと思っておったのですが、落ちるときは落ちるようで。 なんかなー、マラソンがないとなるとメリハリがなくなりますなー。 毎年この時期からジョギングの距離が伸びてって、グダグダ生活に多少は喝が入るし、いいダイエットにもなってたのに。 それにやっぱりマラソンを走れないのは、なんだかんだ言って寂しい。 とっても残念であるよ。

10/25

散髪しました。 なじみの店、椅子に座ってウトウトして、ふと目覚めると鏡にオッサンが映っていました。 髪が短くなると、なんか老けた気がする。 ショックだわー。 自転車チャリチャリ乗っていたら、裏の家からオッサンが自転車にまたがって出てきました。 一瞬顔を合わせて、また行く手に顔を向けてチャリチャリ進んでいったのですが、しばらくしてから「あ! あのオッサン同級生や」と気がつきました。 同級生の家から出てきたんだから、同級生に違いないのですが、あまりにも面影のないオッサンっぷりに知らない人対応をしてしまいました。 そういえば先日、その同級生の飲食店で食事をしてきた妹が「知らないオッサンが目の前に立ってた」と言ってたのでした。 そのときは「おいおい、キミは彼とさほど交流なかったじゃないか。知らないオッサンに変貌しているんじゃなくて、記憶が薄れていただけだろ」と取り合わなかったのですが、あながち間違いでもなかった。 中学校の入学式に一緒に行った仲の小生でも、同じ部活に所属していた仲の小生でも、知らないオッサン対応してしまったくらいだしなあ。 「昔はジャニーズ系だったよね」と妹はショックを受けていましたが、小生は中学校の入学式の日のことをふと思い出して、まんざら悪い気分でもなかったりして、そっかー、あいつでもオッサンになるのかー、時の流れは残酷だねーと明るい表情であったのは内緒の話。

え?  中学の入学式でなにがあったかって?  大したことじゃないよ。 一緒にドキドキしながら登校して、校舎に入って、そしたら偶々その場にいたのか待っていたのか、上級生のお姉さまが小生の隣のハンサムに一目で衝撃受けてガブリ寄ってきて、「私が案内してあげるよ!」と同級生の手を引いて行っちゃったから、小生取り残されちゃった事件。 そうかー、小生の思春期はスタートから涙なしには語れないんだね!

そんな彼が知らないオッサンになってた。 まぁ礼儀程度にはショックを受けてあげても、いいんだよ。

10/28

今日は小生お休みだったので、超久しぶりに街に出ました。 とりあえず松山人にとって今もっともホットなスポットである東急ハンズに初めて行ってみました。 混雑してんだろうなあと覚悟していたのですが、これが平日の恩恵か、あるいはひと月経って熱も冷めてきたのか、のんびりとショッピングが楽しめました。 ノートしか買っていないけどね。 次いで商店街でぶらり。 ズボンが欲しいなあ、いいのがあったら欲しいなあ、と洋服店に入りました。 なんっていうんだろ、詳しくは知らないけれどセレクトショップ的な?  的じゃなくてセレクトショップ?  わかんないけど、そんな感じのオシャレなお店。 明確な購入の意思はないんですよ。 ショッピングってそういうもんですよね。 気に入るのがあれば買ってもいいかなー、なんてそんくらいの気分。 最近のズボンは細いでしょ、小生はお尻と太ももがパンパンなのでそんなんじゃなくて、ゆったりとした穿き心地で、カジュアル過ぎずに、でもスタイリッシュで格好良くて、どんな場面でも穿けて、裏起毛とか存在価値を見出せない無用の長物を排除してシーズン問わず穿ける、そんな都合のいいズボンがあればいいなーと。 そうそう忘れるところだった、なおかつ安く。 そういうおつもりだったのに、平日要素の副作用か、閑散とした店内で店員にストーキングされてしまいました。 なんなんあれ。 買うこと前提の接客。 まぁ小生の入りがまずかったのは認める。 どんなズボンを求めているか、つい喋ってしまったらもう大変。 あれがどうですよこれがこうですよ、「で、どれにします?」な雰囲気。 どれにもしねえよ。 だいたい高いよオシャレなお店。 間違ってた、お店のチョイスから店員に気を遣った小生の対応、すべてにおいて小生が間違っていました。 だから許してください。 いっぺん「じゃどれ買ってくれます」空気を出した店員を振り切って脱出するのはとても難儀なことであるよ。 なにも買わずに生還した自分を褒めてあげたい。 ああいうとき、店員とのファーストコンタクトのとき、どういう対応がいいのでしょうかね。 買うかもしれないけど、買わない可能性のほうが高い。 一応はじっくりと品定めさせてもらうけど。 といった当たり前のスタンスを、どう無難に伝えればいいのか。 それから、やっぱり買わないわ、を朗らかに伝えるにはどうすればいいのか。 小生にはわからない。

とても感じがよくて、対応も爽やかで、商品も小生好みが多くお気に入りのお店だから、実は街に出たときにはちょくちょく寄ってるんです。 まぁそのくせに購入履歴は数年前に一回きりの、どっからどう見ても冷やかし客なのは否定できませんが。 高いんや、やっぱりどないこないいうても高いんや。 「あ、このシャツ素敵だなー」なんて思っても、巧妙に隠された値札を発掘したら8000円とか、まぁそんなもんかもしれませんけどね、けどね、撤退しちゃう。