history

この犬こそKOKURA YAMAの基礎犬で犬観の原点でもあります。私のハイオンタイプに対する概念を根底から覆し、またその魅力を教えてくれた名犬です。フリタが当犬舎に入舎した時からKOKURA YAMAの歴史は始まったと言えるのです。現在のKOKURA YAMAの犬達の血統をさかのぼって行くとほぼ全ての犬はフリタに行き着き、牝系に関してはフリタが居なければ現在のKOKURA YAMAは存在しない。言い換えればフリタと言うたった一頭の犬KOKURA YAMAを創ったと言っても過言では無いのです。
私はフリタから沢山の事を学びました。結果として優秀な子孫達に恵まれながら、不思議な事にフリタは直子においては生涯、自身を超える犬を輩出する事はありませんでした。(フリタが私に与えた宿題だったのでしょう)しかしながら後にそれがKOKURA YAMAの犬質を飛躍的に向上させる事となったのです。
一頭の牝から始まり現在までほぼ全ての犬に影響を与えつつ、血液、犬質が行き詰らない理由...フリタからの宿題が、フリタからの提案だと受け止められる様になった時、現在のKOKURA YAMAのベースが出来上がり、同時にフリタが唯一無二の基礎犬として君臨したのです。ではKOKURA YAMAの犬質は...?それは多くのチワワファンが決める事です。しかし、フリタと共に築いたブリーディングライン、テクニック、ポリシーを守り、名犬を夢見る事は不変なのです。

このページではKOKURA YAMA JPの歴史の中を少し覗いてみましょう。

始めに基礎となり大きく影響を与えた犬達の紹介です。

AM.CH ENAID’S FRITA BANDITA 
AM.CAN.CH バグス...言わずと知れたKOKURA YAMAの看板犬です。
フリタを基礎犬とするならば、文字通りの当犬舎の看板です。バグスを初めて見た時の衝撃、感動は今も忘れられません。今まで見てきた犬にも勿論、優秀な犬は居ましたが、これまでの様に顔が良いとか、ボディが良いとか...そう言った言葉では表せない全てを超越した迫力、存在感、単に凄いとしか表現の仕様がない犬。同時にアメリカチワワ界のトップクラスと呼ばれる犬達の素晴らしさを感じると共に、自分の犬との圧倒的なレベルの差、次元の違いにただ溜め息が出るばかり...と言うのが正直な感想でした。
バグス来日は単に犬のオファーに応えてくれたと言う単純な物ではなく、アメリカBURGUNDYが私達日本のブリーダーもアメリカトップブリーダー達と同じ思想で名犬作出に努力している事を認めてくれた瞬間でもあったのです。交渉成立後も一定期間バグスはアメリカに留まる事となり、ショーからセミリタイアしていたバグスは当時非常に高レベルであったアメリカの名犬達、特にアメリカを代表するランキング1 AM.CH MAR−RICH’N MINA’S RUMOR HAS ITとの最後の好勝負を展開し来日したのです。後にAM.CH MAR−RICH’N MINA’S RUMOR HAS ITの血を受け継ぐ犬達が当犬舎に導入された事も当然の事だったのかも知れません。
バグス来日が実現した当時アメリカのチワワブリーダーの間で今、最も子出しの良い犬と評判になっていましたし、日本の多くのチワワファンが来日交渉し多数の息子達も一早く来日していた中、バグスが当犬舎に入舎した事は私にとっては最大の幸運でした。このバグス来日、入舎によりKOKURA YAMAの歴史は大きく動き出したのでした。さすがにアメリカのトップクラスの壁は厚く未だにバグスを超える犬の作出には到っていませんが、日々バグスに触れ、時間を共有する幸せを感じながら、必ずバグス超えを果たす夢と共にこの偉大な犬の血液を必ず日本に根付かせると言う決意を持ってブリーディングに取り組んでいます。
いつか時が流れ、何年か、何十年かたった時により多くのチワワファンから「昔バグスって言う名犬が居たんだよ
...]と言って欲しくて...。
BURGUNDY LIL KISS OF MYSTERY
C.N (バグス)
AM.CAN.CH
C.N (フリタ)
2005年9月19日
by KOKURA YAMA
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