平成21年4月から12月までのご報告

前年と同様本年もきびしい年でしたが、幸いにも淀川のイタセンパラ問題に関して大きな進展がありました。なおご報告の前に一言お断りしておきたいことは、私は言いにくいことでも真実を述べ、愚直を通しておりますが、私の述べることを信じたくない向きがあることが感じられます。私と反対のご意見やお立場があるのは当然ですが、私が真実を述べていることだけは信じて頂きたい。これがお願いです。

淀川のイタセンパラ問題
さて第1回目の3月10日のイタセンパラ検討会には、前期の報告で少しふれましたが、会の構成員について改めて述べると、委員7名(淀川河川環境委員会より5名、淀川河川事務所長、大阪府水生生物センター各1)。オブザーバー4名。事務局―淀川河川事務所より4名、河川環境管理財団より3名の計18名です。私はオブザーバーです。
当日小川座長よりこの検討会から「再生」の文字を取って単に検討会とする旨提議がありました。、不審に思ったけれど特に反対はしませんでした。次のこの検討会を淀川環境委員会の下部組織とするとの提案には、猛烈に反対、この委員会にたいするきびしい批判を展開しましたが、ぜんぜん反論はありませんでした。序でと言っては何ですが、近畿地方の役所が加盟する「近畿地方イタセンパラ保護増殖事業」に言及して、名前だけでイタセンパラ絶滅防止に何の役にも立っていないこんな組織は潰してしまえと、ほえました。
2回目の検討会は3月30日午前10時同じ場所即ち河川環境管理財団大阪研究所会議室で開かれました。小川座長から放流ガイドラインについての説明あり、当方は市民的感覚の上では必ずしもこだわる必要のないこともあるのではないかと述べましたが、深追いはしませんでした。要するに放流ガイドラインをクリアすることと、文化財保護法上の協議つまり天然記念物の現状変更の申請が必要であり、これらのことが検討会の行うべき基本的な枠組みであることは認識しているわけです。
第3回検討会は4月15日13時半国交省近畿地方整備局第2会議室で開催。竹門委員の木津川の状況報告についで上原委員のイタセンパラの低温要求性と遺伝的多様性についての報告は極めて興味深いもの。ついで小俣委員の「イタセンパラ復活短期シナリオについて」の話はよかった。研究者的感覚でない市民的感覚の話で素直に感動した。よく勉強しているなという印象でした。
ことに研究者側のイタセンパラの不安定な生活環境の必要性に対する反論は素晴らしいもの。どうも研究者側は受け付けなかったようだけれど、イタセンパラの生態は東アジアモンスーン気候帯に位置する淀川水系における見事な適応と果たして言えるのか。淀川水系以外にもこの気候帯に位置する河川は多いのに、そのような適応を示す魚種は見られないと思うが、これはどういうことなのでしょうか。
イタセンパラの氾濫原生息地説について川那部浩哉氏(琵琶湖博物館長)と田中普氏(富山大名誉教授)に質問をしてみた。川那辺さんは氾濫原だけが適当と考えるのは無理、田中さんは、過去の状況は氾濫言説と矛盾しないように思えるが現在は特に関係ないように見えるとの事でした。5月1日の第4回検討会で氾濫原説の主張者である小川座長に対して、この説に対する疑問を述べ、川那辺・田中氏の反論も併述したが、特に反論はなかった。この日の検討会は放流ガイドラインに対する検討が主でした。
  5月20日第5回検討会。放流ワンドの決め方で揉めた。環境委員会出身の委員達は彼らの造成させたワンドを選びたがるが、所長は造成年度の古いワンドを主張する。その方が自然だと思うが、この日は決まらず、次回の検討会で双方の主張を取り入れた3個のワンドに放流することに決定しました。
6月3日第6回検討会。前会で交付された書類「淀川水系におけるイタセンパラの再導入について」(0900602版)を読んで見るとイタセンパラ再導入に選定されたワンド群が淀川環境委員会の提言により造成されたことになっていた。このワンド群の最初の二つは平成13年当時の宮本博司所長が木村の提言を入れて造成したもので、環境委員会は反対の立場をとっていたものである。それがいつの間にか“目立たないようにこっそり”環境委員会の提言によるものとなっているのは嫌なやり方ではないか。このやりかたが行政と研究者の合作によるものか、いずれかだけの行為かはわからない。放流に成功さえすれば、後は環境委員会の都合の良い様に事実が改変されても、木村さえ我慢すればすむことだという考えがあるのも分かる。しかし一人の人間の真実の主張が、大勢の利害を守るために無視されるのは、卑怯ではないのか。“行政の嘘”がこのような形で横行しているとすれば、行政に対する批判の強まっているこの時期に改めさすべきではありませんか。
それがどのような結果を招くかは分からないが、私は徹底的に戦う決意を固めた。まず訂正文書原案を作成して会議前に小俣所長に提示した。また本会議でこの問題を持ち出して訂正を要望した。なお会議後半で密漁問題が議題になったので、密漁グループについてリアルイメージがあるのかと尋ねたが、それはないとのことでした。
さて次回検討会の日時について連絡がないので6月10日事務局に問い合わせたところ次回は委員のみでやる予定とのこと、実に怪しからんと文句を言ったところ、6月10日付きで6月14日第7回検討会の案内が送られて来ました。
第7回検討会。開始前に所長挨拶に見える。所長に断っておいて会議の後で小川座長に向かって文句を言う。彼黙って聞いているだけ。かえる前に所長に挨拶して、本当のことを述べてほしいと言うと、所長も本当が大切とあいずちを打った。
さて7月8日第8回検討会。なんとも不思議なことにこの日欠席多数、小俣所長初め委員3名欠席1名早退。それに紀平さんも欠席。これでは会議は成立しないのではないかな。
この日再び小川座長をつついて、はじめて最初放流に反対だったが、野生絶滅が確定したので、放流賛成に踏み切ったとの言質を得た。また河合委員が、1・2号ワンドの造成は自分が主張して木村が同調したのだと称したので、もしそれが本当なら、何故河合はその後木村の放流主張に反対しつずけたのかと問い詰めた。この日再導入時期の再検討,記者発表等について議論されました。
さて7月18日琵琶湖博物館ホールで日本魚類学会市民公開講座「絶体絶命の淡水魚イタセンパラー川とともに守る」が開催され、木村も参加した。
なおこれより先の6月30日日本魚類学会会長西田睦氏あて、淀川のイタセンパラに関する所見を認めた書類を送っておいたところ、7月17日付け速達便で返信が届いた。内容は非常に好意的なものでした。 この日の会議はイタセンパラの専門家全員の参加を得た非常に充実した内容のものだった。木村は最前席で活発に質疑したが、あまり攻撃的なことは言わなかったので、受けは悪くなかった。コメンテーターの宮本博司前々淀川河川事務所長の革新的な意見がよくて喝采が絶えませんでした。
7月24日村上興正氏(淀川環境委員会)に電話。彼のイタセンパラが産卵した二枚貝を放流せよという考えに賛成。小俣所長に推薦の書状を書く。後日所長に会って意見を聞くも不賛成。理由は母貝に子魚が入っているかどうかの確認が困難。
次に文化庁の許可がとり難い。子魚が入っているかどうかは経験者の勘に頼るしかないが、実験的にやってみる価値はあると思う。
8月10日第9回検討会。この日小俣所長中期的なイタセンパラ保全計画について大いに語る。この人には役人らしくない柔軟な市民的発想が随所にあって気持ちが良い。この日再導入に関する公表の仕方について論議。時期、場所を公表するかどうかの問題。私は大きく考えて公表した方がよいのではという意見を述べたが,特に固執はしませんでした。
9月8日第10回検討会。再導入の時期の決定と再導入後のモニタリングについて。ついで小俣所長の淀川自然再生中期プランについての熱意のこもった話。最後に小川と河合の席へ行って、木村のイタセンパラ問題への初期介入を認めて、最後の関与は環境委員会にすり替える謀議は誰がやったのかを問い詰める。彼らもやむなく放流に反対していた事実を認めた。所長も出てきて、最新の資料で、彼らの関与を省いた箇所を示した。木村もひつこいが、このぐらいやらないとこの問題は解決しない。行政の内部告発もむしろ奨励される方向にある今日、行政の嘘是正のための格好のテーマ。行政の無びょう性神話打破のためにも絶好の機会です。
さてイタセンパラの再導入は大阪府水生生物センターが行い、時期は言えないがうまくいったようである。いずれ公式に発表されることとなろう。
11月17日第11回検討会。会議の前所長にこの嘘を取り止めるよう進言。さらに小川座長に向かって、生徒に嘘をつくなと教える立場の者が何事かと詰問する。会議の後で所長が私の席へ見えて、当方の主張を認めて、それについて書くと言われたので、本年中に是非と答えた。なお会議中の再導入発表議論の中で、全部公開した方が良いのではないか、中途半端な秘密のやり方では、かえって密漁者グループを喜ばせることになると述べた。
以上が本年におけるイタセンパラ保護活動の成果である。イタセンパラ検討会の発足は画期的なものであって、有益な論議が行われたが主役は小俣所長と上原委員であった。木村も唐辛子系の激辛型調味料の役割を果たせたものと自負している。
環境委員会系の委員の発言にも傾聴すべきものがあり、ことに木津川の生息地についてはもっと議論を発展させるべきであったと考える。幸いに木津川の生息地問題に専心する京大防災研の委員達の存在は心強い。将来の取り組みを期待したい。
ただ環境委員会出身の委員に立場にこだわる発言が多かったのは残念だった。

城北ワンド群への取り組み
次に城北ワンド群への外来生物駆除活動について述べる。
大阪府水生生物センターが中心となって城北ワンドクリンアップ作戦が展開されている。これは緊急雇用創出基金事業追加補正によるもので、ボランチア9名を新規雇用し一応21年11月から22年3月まで行われる・非常に熱意のある参加者を得て、城北ワンド全域の外来性植物と城北ワンド3箇所の外来魚の駆除に当たっている。現在淀川下流部の湛水域において必要なことは、このようなコツコツとした地道な活動である。継続によって活動の拡大を期待したい。

京都府亀岡市のアユモドキについて
前期の報告で大堰川支流祖我谷川に残存する淀川水系最後のアユモドキの保全について、極めて悲観的な報告を書きました。ところが昨年相次いで朗報が寄せられました。祖我谷川の中流部の可動堰前後で本年うまれのアユモドキ稚魚44尾を救出放流したとのこと。これでアユモドキが自然産卵していることが確認されました。実にほっとさせる朗報です。まだまだ楽観はできないが、一直線に絶滅に向かって進んでいるのではなくて、再生可能な領域にいることを報告させていただきます。   

むすび
今期の報告では大きな発展がありました。
淀川のイタセンパラの再放流が行われたことです。すぐにうまくいくかどうかは分からないが、少なくともイタセンパラ野生復活活動が開始されたことの意義は大きい。
私も88歳、もう潮時です。別にやりたくてやっているわけではないが、黙って見ておれない面があって、今日に至っています。しかし若い熱意のある研究者が育っています。
私事にわたるが家妻が呼吸器障害で、酸素のお世話になって暮らしています。この介護に専心する時期が来ています。楽しみは野生猫と親しくなって、毎日餌をやりに行くこと。独特の甘え方がかわいいです。淀川での活動は今年ももうしばらくはつづけるが、もうこの辺と心得ています。
なお今秋出版予定の日本魚類学会自然保護委員会編「絶体絶命の淡水魚イタセンパラ−川とともに守る」のコラムに「イタセンパラを守る−苦渋と戦いの記録」と題して書くことになっています。(おわり)


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