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教職員人権教育研修 2003.5. 「アジアで生きる子どもを育てる」 −小学校人権教育新教材作成に関わって− |
| 我が自治体の小学校では人権教育の指導資料として副読本を使用しています。その副読本の高学年用の冊子の中に在日KOREAN関係の教材があったのですが、この教材が在日の問題に関して誤解を招きかねない不適切な内容だったので、教育委員会として新たに新教材を作成することになりました。で、珍しく在日教員である私にもお声がかかり、作成委員会に参加して読み物教材を、慌ただしい日程ながらいろいろ議論を交わして作りました。で、なぜか私にその作成過程等について報告せよ、と委員会に言われまして教職員人権教育研修で話をしました。でも、教材のことは適度に触れただけで最近の北朝鮮バッシング批判に力点が入ってしまったのは、はっきり言って私のせいではなく、私を報告者に選んだ委員会の責任です(笑)。で、その時の話を文章化してまとめてみましたので、よろしかったら読んでやってください。 |
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アンニョンハシムニカ?本日は人権教育新教材の作成委員会の一人として報告させていただきます。正直言いまして、他の作成委員の先生方のようなこの教育に地道に取り組んで来られた先生方と違って、貧弱な実践しかない私はこの場に立つには本当は適任ではないかと思いますが、残念ながらまだまだ珍しい在日KOREAN教員としての立場から、少しでも皆様方の今後の取り組みの参考になる話ができればと思っております。 さて、最初にこの新教材を作成委員会で作った過程を少しだけお話してみます。まず初稿の段階で、日本人の有希が在日KOREANの友達のソンミのがんばりやその姉のヨンミの話に触発され、ソンミの友達として在日KOREANの子ども達の集いである「子どもマダン」に参加する、という話の骨子はできあがっていました。在日の子ども達の悩みや苦しみを強調して差別を受けている状況を描く、というよくある教材は個人的にあまり好きではないので、そういうものに比べると在日の子が前向きに生きていこうとする姿を肯定的に描いた内容が気に入りました。これでもう完成しているのでは?と私は最初思いました。が、作成委員会を重ねる中でやはり在日KOREANの抱える複雑な想い、教室で子ども達が読んでひっかかってくるような生々しい表現をもう少しつけ加えた方が、授業する上では使用しやすいだろう、ということになりました。いわば唐辛子をまぶしてピリカラ風味にしろ、という注文でした。 それでいろいろ悩んだのですが、当事者の一人として私が若干つけ加えたのが、次の三点でした。まず、冒頭の有希とお父さんとのやりとりの部分で、あえてお父さんに悪者になってもらって在日KOREANに対する偏見まじりのセリフを言わせました。そして、本名を名のらず子どもマダンにも行かない在日の子である健ちゃんという子をつけ加え、その健ちゃんが実は在日であるということを知った有希が「えっ、健ちゃんは、韓国人だったの…。そんなこと気にしなくていいのに。日本人も韓国人もみんないっしょでしょ」とソンミについ言ってしまったところ、ソンミが怒ったように「ちがうよ。いっしょとちがうよ」と答えて、有希が当惑するという場面をつけ加えました。 「いっしょとちがう」…これは在日KOREANにかなり共通する想いではないかと思います。一人の人間として周囲の日本国民と「いっしょでありたい」と願えば願うほど、「いっしょでない」部分を意識せざるを得ない。どこが違うのでしょうか。日本で在日KOREANとして生きてきた歴史が違い、生きる上での条件が違い、そこから生じる想い、痛みなり希望なりが違うからです。戦前の植民地支配の結果私達在日KOREANが誕生しました。一つみなさんに質問して確認しておきたいことがあります。私は韓国籍ですが、それはいったいなぜでしょう?アメリカのようなその国で生まれた人には国籍を与える出生地主義の国とは違い、日本は血統主義制度をとっていますから、私の両親が韓国籍であるから私が在日韓国人であるということは想像がつくかと思います。その上の世代についても同様ですね。在日も世代交代が進みまして一世である祖父母の世代で存命しているのは、我が一族の場合は母方の祖母だけです。もう90才を越えているのですが、戦前プサン近郊の農家から祖父とともに日本に渡ってきました。なんのために?もちろん、食うために、生きるためにです。 有希のお父さんがテレビで見た評論家なら自由意志で来日したんだと言うでしょうが、自分達の国を奪った憎い国に好きこのんでやって来る朝鮮人が、当時どれだけいたのでしょうか。旧日本帝国が1918年に終えた土地調査事業という詐欺同然の事業の結果、朝鮮の全農家の3パ−セントが全農地の半分を所有することになりました。大地主のほとんどを日本人が占め、朝鮮人農民の大部分が小作農に転落しました。自分達で作った米を自分達で食べられない。たった3パ−セントの地主達が米を全部食べきれるわけがないですから、当然余剰米は(本当は余っているわけではないのですが)朝鮮半島の外に移出する。行き先はどこでしょう?当然、内地、つまり日本国内です。食料供給基地というわけですね。 当時の朝鮮人年間一人あたりの米消費量は約0.4石だったそうです。1945年、敗戦の混乱で日本人が最も飢えた年の年間一人あたり米消費量が約0.55石です。0.4石と0.55石。比較してみると、植民地支配による経済的収奪の実態が少しイメ−ジできるのではないでしょうか。ちなみに馬鹿な評論家や政治家が「日本は朝鮮半島に鉄道や工場を敷設していいこともした」とよく主張しますが、冗談はやめてほしい。例えば朝鮮半島を縦断する鉄道は穀物や物資を旧満州からプサンを経由して日本に運ぶためのものでした。また、植民地化以降急激に大きな港町になったプサンは、要するに日本側が中国大陸侵略のための交通の要衝としたかったわけです。満州に行った旧日本軍がプサンから上陸したことは、みなさんの祖父の世代の方はよくご存じでしょう。朝鮮半島を搾取する目的でしたことを、後になってあ−だこ−だと正当化しようとするのは卑怯なことではないでしょうか。 それで、日本に渡ってきた祖父母のうち祖母の方は、母に言わせるとなかなかたくましく生活力のある人で、金持ちの家のメ−ドの仕事をどこからか見つけてきたり、密造酒を作ったりして生計を立てていたそうです。戦後も米軍の横流しの粉ミルクでバタ−を作って売ったりして小金を貯め、なんとか在日同胞相手の食堂を経営できるようになった頃、その食堂に父がよく通ってきていて店を手伝っていた母を見初めて結婚しました。二人の間には四人の子どもができ、その三番目が私です。祖母は父を見込んで、経営していた食堂を売ってお金を用立ててやり、父はそれを元手にパチンコ屋を始めました。そしてその店の二階で、私たち兄弟は育ちました。軍艦マ−チを子守歌代わりに聞き、景品のチョコレ−トをおやつとして食べながら。 父はもう亡くなりましたが、店は今でも続いています。母や多くの在日と違って、ソウルのいわゆる『名家』の子息であった父は(生前、本人はとても誇りに思っていたようでした。今でもそうですが当時の韓国人にとって家柄は非常に大切なものでしたから)若い頃は外交官になるのが夢だったようですが、まさか日本でパチンコという商売をするとは夢にも考えてなかったことでしょう。少しずつ改善されてはきましたが、在日KOREANにとって長い間、職業選択の自由などという言葉は単なる言葉にしかすぎませんでした。公務員や大企業への就職は絶対に無理。中小企業も社長に理解がないとダメ。まして本名での就職なんて夢のまた夢。実は私も教師になれたのはぎりぎりでした。1991年に日韓外相会談で在日韓国人の法的地位について話し合われ、その結果を受けて条件つきながら教員採用に道が開かれました。これがあと数年遅ければ、私は他の仕事をしていたでしょう。商売をしようにも日本の銀行は融資してくれないから、同胞系信用組合などから金を借りて焼き肉屋、サンダル工場、水商売等をするしかない。パチンコ屋ができれば万歳。ともあれ1世の祖父母の雑草のようなたくましさと非常な苦労によって私たち2、3世以降の世代はこの国で生きてくることができたのであり、それは常に肝に銘じておかなければならないと思います。 まさに毎日がサバイバルとでも言えるほど、余裕のない生活環境で生き延びてきた1世の祖父母たちに、「日本が負けて祖国が解放された時、どうして国に帰らなかったの?」と尋ねるのは無意味なことにように感じます。まず第一に、船が足りない。日本政府が帰国船を出してくれるわけもなく、また、生活基盤が日本にできてしまっていて今さら帰るべき家もない人も多かった。GHQが、帰国に際して持ち帰ることのできる財産に制限を加えたという事情もあります。強制連行で連れて来られた人たちに至っては着のみ着のままで、自分が日本のどこにいるかすらわからない。が、それでも100万人から150万人あまりといわれる数の同胞が帰国しましたが、諸般の事情(朝鮮戦争が始まって帰るに帰れなくなったことが一番大きい。戦後の混乱というものがあった。日本人でも中国残留孤児やシベリアで抑留されて長い間帰国できなかった人は多いでしょう)でそのまま留まらざるを得なかった約60万人とその子孫が現在の在日KOREANです。 さて、さきほどの質問に戻りますが、なぜ私の国籍が韓国籍なのでしょう?今、私の一族に歴史について語りましたが、そもそも祖母はなぜ日本に来れたのですか。外国人ではなかったからです。植民地だったので朝鮮人と台湾人は全て強制的に旧日本帝国の臣民に編入されたわけでしょう?外国人ではないので祖母は日本に来るにあたってビザなど必要なかった。戦前、朝鮮人と台湾人は日本国籍を有していたのですから、皮肉なことに日本の選挙権も持っていました。選挙に立候補して衆議院議員になった朝鮮人もいたほどです。それがいつのまに在日KOREANは外国人になったのですか? 戦後、日本政府は朝鮮人・台湾人の日本国籍を「サンフランシスコ講和条約締結まで」認めると言っておきながら、1947年5月2日、突然「外国人登録令」を発令して「当分の間、外国人とみなす」と通告し、我々に対して外国人登録に応じるよう強制しました。強制した、というのは、これに違反して登録しなければ「国外に退去強制」できるという項目があったからです。この外国人登録令が発令された1947年5月2日がどういう日か、わかりますか。日本国憲法の施行の前日です。翌日からは、新憲法が施行されるので新たな法律を制定するには国会の議決を経なければなりません。しかし、5月2日までは天皇の名の下で政府が法律を制定できた。勅令というものです。この外国人登録令はまさに最後の勅令でした。新憲法施行の前日にかけこみでこの外国人登録令を制定した理由は明らかです。日本政府が在日朝鮮・台湾人を「外国人とみなす」措置を何がなんでも実行したかったからです。新憲法は国民の基本的人権を重要な柱としていますので、その施行の前日に在日を「外国人」に戻すということは、我々在日に日本国民としての基本的人権を与えたくなかったのです。別の言い方をすれば、日本国内に朝鮮・中国系の大量の少数民族を誕生させたくなかったのです。最終的に1952年4月28日、この外国人登録令を手直しした外国人登録法が公布され、在日朝鮮・台湾人は「日本国籍を離脱した外国人」となりました。 「日本国籍を離脱した」のは、我々在日が自らの自由意志で選んだことなのでしょうか。実は戦後、アメリカ占領軍は、日本政府が我々在日に対して後で国籍選択権を付与すると考えていたようです。国籍選択権!日本政府が旧植民地出身者である我々に、日本国籍を選びますか、それとも元のお国の国籍を選びますか、と聞いてくれたことなど一度もありません。戦前は一方的に日本国籍を押しつけ、戦後もまた自分の都合で一方的に日本国籍を剥奪した。それでいながら、そんなに差別がいやなら帰化して日本国民になればいい、と偉そうにのたまわれる。 日本政府に日本国籍を剥奪されたことは、在日KOREAN等の生活に極めて深刻な影響を与えました。なにしろ、外国籍であるということを盾にとられて、国民としての基本的な権利−25条で「全て国民は健康で、文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として保証されていた様々な社会福祉制度の恩恵を受ける権利と戦後補償の全てから排除されたわけですから。我々の祖父母や父母は戦後20年間、1966年まで国民健康保険に加入できなかったので、非常に高額になる医療費を払うことができず、病気をしてもまともに病院に行くことすらできませんでした。もちろん軍人恩給や遺族年金ももらえないし、1979年まで住宅金融公庫の融資や公団住宅への入居、1982年まで児童扶養手当などももらえませんでした。ただでさえ貧しい生活を余儀なくされる人が多かったのに、このような福祉制度から排除されて、どれだけ大変な生活を強いられてきたか想像してほしい。70,80年代を通じて徐々に在日KOREANに対する様々な国籍条項が撤廃される動きが出てきましたが、これらの改善も指紋押捺反対運動など、在日KOREANが自ら要求し、心ある日本の人々の支援を得た運動によって勝ち取ってきたものが非常に多いのです。日本政府や行政が先回りをして積極的に在日の権利を回復してくれたことが、いったいどれだけあるのでしょうか。現在も選挙で投票できないのは、ご存じかと思います。先の統一地方選挙でも、指を加えてみてるしかない。最近は投票所に行かない人が多いですが、棄権する自由があるだけうらやましいと思います。 「国籍を奪ってはいけない」という国際法の原則を踏みにじって日本政府が在日朝鮮・台湾人に実施した棄民政策。これをいまだかつて日本政府は我々在日に謝罪していません。いかにこの国籍剥奪という行為が非常識なものであったかは、ドイツと比較すれば明らかです。戦後、ドイツは旧ナチスが奪ったユダヤ人に対するドイツ国籍を回復し、ポ−ランドなどのドイツ帝国に編入されていた占領地の人々にも国籍選択権を与えました。数年前、戦前の強制収容所への収容が人権侵害であったと、日系人に対して謝罪と補償をしたアメリカ政府のように、日本政府も旧植民地出身者に対する人権侵害に対して謝罪と補償を行う義務があるはずです。テレビや雑誌で言いたい放題の右派評論家は、「日本はアジア諸国に謝罪し過ぎだ」と言うでしょうが、少なくとも我々在日KOREANに対して日本政府が公式に謝罪と補償をしたことは一度もありません。そして、あらためて旧植民地出身者とその子孫に対して国籍選択の権利を付与するか、二重国籍を認めるべきです。それこそが人権を基礎においた民主国家としての誠意ある戦後処理の態度ではないでしょうか。そして、その謝罪行為は日本国自体にとっても意義があることだと私は信じています。 さて、25才の時に在日KOREANとして生きる自分の想いや今まで述べたような歴史的経緯等について、周囲の日本人の友人、知人に知ってほしいと思って長い文章を書きました。ホントに長くて60ペ−ジくらいあるちょっとした小冊子になってしまって、それを200部くらい作ってせっせと配って歩きました。当時は指紋押捺反対運動がマスコミでもさかんに報道されていた時期でもあり、私の友人・知人という狭い範囲なりにいろいろ反響があったのですが、当時、その文章を読んでくれた友人が後で某県の高校の教員になりました。そして人権学習の授業でその文章を生徒達に読ませ、私への返事の手紙の形式で感想を書かせて、そのコピ−を送ってくれました。同和教育などの人権教育に熱心に取り組んできた学校のようで、生徒達の感想は私にとってもいろいろ示唆に富む内容で大変おもしろく読みました。全体としては「在日韓国・朝鮮人がそういう状況で生きてきたとは知らなかった」という主旨の感想が多くありました 『私は在日韓国・朝鮮人の問題について、正直言って考えたことがありませんでした。そういうのがあるという事は知っていましたが』 『私は最近在日韓国・朝鮮人という言葉を聞いたばかりでよくわかっていませんでした。昔の戦 争のためにむりやり日本人に支配されて、連れて来られたことしか知りませんでした』 『私は日本人として生まれ、日本人として育ってきました。だから政府のことも何も気にとめていませんでした。日本の国がとてもいい国だとは思っていませんでしたが、私の知らないところで在日韓国人に対するひどい仕打ちがあったなんてショックです』 中には『日本ってすごく汚れているんだなぁ』という感想を書いた子もあって、これを読んだ時は正直、しまったと思いました。そのような感想を持たせてしまったのは私の失敗です。私の文章力の不足から本意がうまく伝わりませんでした。たとえそういう思いを持ったとしても早いうちに乗り越えさせなければ。このあたりは難しい問題ですね。在日KOREANなどに対して戦後、日本政府が実施した政策にはどう考えても差別があるので、在日の立場からすれば怒りを抱くのは当然だし批判もしますが、それをそのまま子ども達にぶつけても仕方がない。別に子ども達がしたことではないですから。自分に責任がないことを責められても、当惑するだけ。やがては反発が生じて当然。これは在日の問題だけではなく、まさに日本が他のアジア諸国と抱える歴史認識摩擦とリンクしてくる問題ですね。別に子どもに限らない。 私の在日の友人が以前こんな経験をしたそうです。その友人は電気工事関係の仕事をしているのですが、ある日、一人のおじいさんの家に工事に行きました。家の中に入ると、部屋の壁に立派な軍刀がかけられていたので、お愛想のつもりで友人が「りっぱな刀ですね」と言うと、そのおじいさんがこう答えたそうです。「そうじゃろう。若い頃、こいつを使って大陸でたくさん殺ったもんじゃ。中国人や朝鮮人の奴らを20人位はぶったぎってやった」在日韓国人である友人の前でそういうことをにこにこしながら話したそうです。本当に20人も殺したかどうかは知りませんが、そうやって自慢するからには少なくとも何人かは殺したのでしょう。願わくば殺した相手が全て兵隊であったことを祈りたいですが。その老人の本当の心の内はわかりませんが、そうやって見ず知らずの他人に自慢するからには、良心の呵責を感じているとは言えないようです。戦後の50数年という時間は、自分がかつて犯した行為をじっくり見つめ直すのに決して短い時間ではなかったはずなのですが。こんな話はよくある話ですけどね。しかしながら、ここにいるみなさんは旧日本帝国の植民地支配や侵略戦争について、何の責任もないわけです。みなさんがしたことではありませんから。自分に責任のとりようのないことで、韓国人や中国人に個人として謝罪なんてする必要はありません。しかし、当時の国際情勢としては仕方なかった、いいこともした、とか理屈をつけて当時の行為を正当化しはじめると、現代の日本を生きる人間として発言の責任が生じてくると思います。 最近、読んだ本の中で在日KOREANの学者のカン・サンジュン(よく朝まで生テレビに出演している)さんが興味深いことを指摘していました。私たち在日外国人が常時携帯しなければならないと法律で定められている外国人登録証に一つの秘密が隠されているというのです。あまりしげしげ見たことはなかったのですが、今回じっと見てしまいました。 <私の外登証をプロジェクタ−で映写し、桐の紋章を図示する> この模様が見えるでしょうか。私はこういうの全く疎くて知らなかったのですが、これは実は桐の紋章だそうです。日本のパスポ−トの表紙にある紋章は菊で、あれは天皇家の紋章ですね。桐は豊臣家等の紋章です。天皇から豊臣秀吉に下賜されたものだそうです。で、カン・サンジュンさんが日本のある省に勤めている専門職の人に聞いたところ、その省の書類に付されている印は、内側で処理するものに関しては桐、海外など表に提出するものには菊が使われているそうです。つまり菊は表で桐は裏。もっと言えば、菊は上で桐は下。馬鹿みたいだけど、本当の話です。グロ−バル化の進展する現代に、なんでこんな陰湿なことを日本の官僚機構はこっそり続けているのでしょうか。少なくとも、外国人登録証に桐の模様をつけているのは、その意味を考えると問題ではないでしょうか。こういうのはたぶん、単なる慣習などではないと思います。本質に関わる問題。指摘されても簡単にはやめないでしょう。在日KOREANはそういうことをずっと肌で感じてきました。 定住外国人、特に在日KOREANの根元的な願いを自分なりに考えてきましたが、つきつめて言えば私は次の二点に集約されると思います。それは「差別の解消」と「平和」です。もちろん、日本国民の大多数もこれらを望んでいると思いますが、定住外国人にとっては本当に切実に感じる問題です。そして、この二つは別々のものではなく、強い相関性のあることだと、最近ひしひしと感じています。 私は現在、自宅から学校までJRを使って通勤しています。その車中で朝鮮学校の高等部の生徒達と乗り合わせます。で、聞くともなしに彼らの会話が耳に入ってきます。どんなことを話していると思いますか。昨今の北朝鮮情勢についてでしょうか。それともキム・ジョンイル総書記について語り合っているのでしょうか。もちろん、そんなことはないわけで、友達のことやら、クラブ活動のこと、先生の悪口に、時には気になる異性のことをしゃべっています。日本人の子ども達と同じです。少し違うのは、例えば「昨日のイ・ビョンホンオッパはチョ−かっこよかった」という言葉が時折、混じってくる点ですね。イ・ビョンホンオッパとはだれかというと韓国の人気男優のイ・ビョンホンのことです。映画「JSA」にも出演しています。オッパというのは韓国語で女性が親しい目上の男性を呼びかける時につける「〜にいさん」という日本語に近い言葉です。好きな芸能人の名前を女子学生が呼ぶ時もよく使います。 で、私は「はは−ん。昨日の『オ−ルイン』のことを言ってるんだな」と合点がいくわけです。現在、CSのスカイパ−フェクTVの中に韓国語放送のKNTVという有料チャンネルがあって、そのチャンネルで韓国の最新ドラマやニュ−ス、歌番組などを在日KOREAN(最近は日本人視聴者も増えてきたそうですが)向きに放送しているんです。我が家でも契約していて私も毎日見ているのですが、彼女達の家でもKNTVに加入しているのでしょう。「オ−ルイン」というイ・ビョンホンが主演している今年上半期の韓国人気ドラマを、彼女達が昨日見て、そのことを話題にしてたわけですね。もちろん日本のテレビも見ていて、日本の芸能人のこともよくしゃべっていますが。そういう彼女たちを見ながらも、その明るさの陰に抱いているだろう不安について思わずにはいられません。それにしてもホントに強い子たちです。みなさんは、今の日本でチマ・チョゴリの制服を着て一人で電車に乗る勇気がありますか。 この子達は大半が「在日朝鮮人」です。さて、よく「在日韓国・朝鮮人」という言い方をしますが、前の部分の「在日韓国人」の国籍が韓国であることはわかるでしょうが、では後ろの「在日朝鮮人」と呼ばれる人達の国籍はどこの国でしょうか。普通の日本人でしたら、朝鮮民主主義人民共和国と答えるでしょうが、それは誤りです。朝鮮民主主義人民共和国籍ないし北朝鮮籍などという国籍は日本において存在しないのです。国交がなく、国として認めていないのですから。外国人登録令が施行された時、在日KOREANの国籍欄には全て「朝鮮」と書かれていました。1947年5月の時点では朝鮮半島にはまだ新国家が成立してなかったので、便宜上朝鮮半島出身であることの地域名として「朝鮮」という単語が日本の役人によって記入されました。その後、韓国と朝鮮民主主義人民共和国が成立すると、祖国の分断状況が国内の在日社会にも反映されてしまい、韓国を支持する人々は国籍欄を「韓国」に書き換えるようになりました。韓国を支持しない人々は国籍欄を韓国に変更せず、元の「朝鮮」という言葉のままにしました。ここのところを少し注意してください。 外国人登録の国籍欄が「朝鮮」となっている人の国籍が実際はどこの国かということは難しい問題になっています。現在、「朝鮮」という名の国はありませんから。もちろん、北朝鮮を支持してきた人達の多くは自らを朝鮮民主主義人民共和国の「海外国民」であると自称してはきましたが、韓国籍の人でもあえて民族名としての「朝鮮」を使用して、自分は「在日朝鮮人」であると名のる場合があります。私も時々、そう自称します。最近は、韓国と北朝鮮の対立状況を反映することを避けるために、「在日KOREAN(コリアン)」と名のったり、呼んだりする人が増えてきました。ややこしく感じるとしたら、それは民族という言葉がファジ−な概念であることに一因があるのでしょう。日本国籍を取得したKOREANは「日系米国人」のように「朝鮮系日本人」と呼ぶのが適当ではないかと個人的には思いますが、そういう言葉が市民権を得ていないのは、日本の現状を反映しているからだと思います。「日本人」という言葉に民族概念が残っているのが問題なのです。つまり、「日本人=日本国民=日本民族(? これってなんかしっくりこない言葉ですね)」という単一民族幻想が残存しているということです。「日本人=日本国民/民族はいろいろ。外国籍の人もいっぱいいる」ということが常識にならないといけません。これは決して言葉遊びではないですよ。国際化が進行する過程では当然、言葉の方もそれに対応していかなければならないと思います。 さきほどの話にもどりますが、朝鮮学校に通っている子ども達の家庭、その多くは朝鮮総連に所属してきたと思われますが、彼女達(の一部?)が現在、韓国のテレビを視聴していることに注目してほしいと思います。総連に所属する家庭が韓国のテレビを見る。…これは一昔前でしたら考えられないことですが、在日社会の中で以前のような北と南のシビアな対立が急速に薄まりつつあることを示しているのかもしれません。もちろん、祖国の状況をも反映もしいるのでしょう。そういう現状の中、在日韓国人としての私は最近の日本の北朝鮮関連報道について唖然としてしまうのです。「いったい、何なんだ、これは?」 もちろん日本人の拉致被害について日本国民が怒るのは当然なんですが、それにしてもマスコミで北朝鮮バッシングが延々と続いているのを見ていると異様な感じを受けます。最近では、雑誌の見出しを見てるだけでホントにげんなりしてきます。やれ「キム・ジョンイルの極秘日本核攻撃計画」だの「日本潜入工作員の大規模テロ計画」だの「喜び組」があ−だの、こ−だの。やれやれ。報道するなとは言わないけれど、こんなとばし記事ではなく、もう少しきちんとした取材や分析に基づいた報道をしてほしい。隣国との問題についてもうちょっとまじめに考えないといけないのでは?北朝鮮に詳しい重村智計氏が最近、週刊誌上で北朝鮮バッシングについて、こう書いていました。 「『北朝鮮脅威論』が日本でこれだけ台頭するのは、根深い朝鮮人蔑視が日本人にあるからだ ろう。『何をするか分からない人達』『おかしな人達』という意識的な、もしくは無意識的のうちの 差別がある。これを解消していかなければならない。」 ジャ−ナリストの斉藤貴男氏も同様に、 「この問題は政治や外交、あるいは防衛の問題ですらなく、実は差別の問題ではないだろうか」 と述べており、うなづけます。北朝鮮の政治体制にいろんな問題があることは以前からわかっていたはずです。それならそれで、どうやってつきあっていけばいいのか、真剣に考えなくてはならないのでは。ちゃかしたり、悪口言ってたりしたら、それで済むようなことではないでしょう。それに、北朝鮮の言うことなすこと、全て絶対的に「悪」なのでしょうか?北朝鮮は仮面ライダ−に出てくる悪の秘密組織「ショッカ−」か、なんかでしょうか?是々非々で対応しながら、相手の言い分も少しは聞こうと務め、冷静な態度をとろうとすることが北朝鮮に対する利敵行為として糾弾されなければならないことでしょうか。今の日本の空気はおかしいですよ。 北朝鮮および朝鮮総連とは従来いがみあってきたはずの在日韓国人の中でも、最近の日本のヒステリックな北朝鮮報道については苦々しく思っている人が多いのです。私の父方の親戚は日本でなく、韓国とアメリカで暮らしています。実は父方のいとこ、あったことはないのですが、その人が北朝鮮に行ったと母から聞いています。父の妹、叔母ですね、その叔母の夫はピアニストで、その叔母夫婦の長女、私のいとこですが、この人もバレリ−ナをしていたそうなんですが、この父と娘が朝鮮戦争のさなかに北朝鮮に渡ったそうです。叔母は行かなかったのですが。詳しいことは母も知らないのですが、当時は共産主義の理想に対する共感がインテリほど強かったですから、芸術家であった父と娘が北朝鮮の政治体制に対する期待を胸にして渡っていったのは、当時の時代背景を考えると別に突飛なことではなかったのです。もちろん叔母は反対したでしょうし、渡っていった後もしばらくは連絡をとっていたのが、ある時から音信不通になりました。生死もわからない。これがいわゆる「離散家族」というものです。在日KOREANにとっては韓国籍、朝鮮籍を問わず、よくある話です。 同じ民族、家族が引き裂かれている現実に心を痛めているのは、もちろん在日KOREANだけでなく、韓国本国の人々も同じです。韓国から来日して、「日本が知らない北朝鮮の素顔」という本を最近出版したチョン・ウンスクさんは、この本の前書きで次のように述べています。 『「恐怖」「戦慄」「地獄」「飢餓」「悪魔」「驚愕」「疑惑」。日本で北朝鮮に関する本の題名や、テレビの北朝鮮報道のタイトルで使われている言葉を見て、私は言葉を失った。これはあんまりではないだろうか。日本でのあまりにもネガティブな北朝鮮報道にふれた時、私は大いに傷つけられた。自分の中にある北朝鮮に対する複雑な思いを、一刀両断にされたような気がしたのだ。朝鮮半島に住む私達には、同じ民族どうしで殺し合いをしたという悲しすぎる過去がある。だが、これからの南北関係を思うとき、そこには絶望や北の同胞に対する憐れみなどの否定的な感情だけでなく、夢も現実的な希望も大いにあるのだということを、日本のみなさんにもわかってもらいたい。』 また、韓国の大手紙「中央日報」は以下のように報道しています。(日本語訳)
今年の正月に実家に帰った時、わが家族とこの問題について話した時も同様でした。私の家族はパチンコ屋をしているごく現実的な商売人でして、民族意識もあんまりない、民族なんてわけのわからないものよりはお金儲けの方が大事というドライな家族ですが、そんな家族ですら憤懣やる方ないという感じでした。妹と特に意見が一致したのが、いわゆる「拉致議連」という議員団体に所属している議員達に対する不信感でした。以下は妹の弁です。「あの人達、在日の地方選挙権付与法案にすっごく反対して潰した人たちでしょ。どうして、よりにもよってそんな人達ばっかりこの団体に集まってくるの?拉致された日本人の人権だけが大事で、在日の私達の人権はどうでもいいなんておかしい。どんな人間でも人権は同じなのに」妹が言うように、この議員団体に所属している国会議員の多くは2000年9月に結成された「外国人参政権の慎重な取り扱いを要求する国会議員の会」に重なっており、「永住外国人地方選挙権付与法案」に対する反対活動を繰り広げてきました。 いわゆる「救う会」という団体も同様です。この団体は実質的に「現代コリア研究所」という民間団体が運営していますが、拉致問題以前から「北朝鮮に対して先制攻撃も辞すべからず」と主張し、韓国に対してさえも歴史認識問題をはじめ様々な批判的主張を繰り返してきた団体で、拉致議連の議員達同様、地方参政権付与など、在日の権利拡大にも反対してきました。そのため在日KOREANの団体や、知識人には顰蹙をかわれて相手にされていなかった団体です。はっきりいって我々在日KOREANには、朝鮮半島問題を専門にした日本の右翼団体と認識されてきた団体なのです。そういう怪しげな一民間団体が、拉致問題を契機に北朝鮮問題について我が物顔でマスコミで発言を繰り返し、あろうことか日朝正常化交渉という日本外交にも影響を及ぼしている現状があります。会の名称が「救う会」なんだから、とにかく拉致被害者の生命と安全を確保することが第一目的のはずですが、「北朝鮮との戦争も恐れてはならない」と主張して北朝鮮側の神経を逆なでして、むこうにまだ残っているかもしれない拉致被害者をむしろ危険にさらしている。この会の佐藤勝巳代表という人物は、とうとう最近、「北朝鮮に対抗するために日本も核武装すべし」と本音を公の場で発言し始めています。こういうトンデモ団体が朝鮮半島問題の専門家面をして扇動的な主張を繰り返している状況が、朝鮮学校に通う子ども達の人権を脅かさないはずがありません。しかし、今、そういうことを冷静に報道しようとすると、脅迫電話をはじめ身の危険を感じるような嫌がらせを受ける状況があるとのこと。むしろ日本よりも韓国のメディアを見た方が、そういう報道を探しやすい。もう一度、「中央日報」の記事を紹介します。
冷静に考えれば、今現在、朝鮮学校に通っている子ども達に北朝鮮の現政権がしたことに対する責任なんてないでしょう。数年前に朝鮮学校の若い女の先生とじっくり話をしたことがありますが、韓国籍の私に対して、北朝鮮の現状に対して決してこのままでいいとは思っていない、と率直に語ってくれました。少なくとも、国民の多くが満足に食べられない、困窮している現状には心を痛めているし、何とかしたいと思っていると。拉致事件に今、一番ショックを受けているのは彼女達だと思いますが、彼女達は今は自由に発言することが困難ですので、そうであればなおさら私のような在日韓国人が、もっと冷静になるように日本社会に呼びかけなくてはいけないと思っています。朝鮮学校も最近では学校を公開して、授業や学校生活の様子を一般の日本人に知らしめようと努力もしている。また、朝鮮学校を「民族学校」として割りきって考え、在日韓国人の親が子どもを通わせているケ−スもあります。 繰り返しますが、朝鮮学校の子ども達への脅迫や暴力を断じて許してはならないと思います。これは在日KOREAN全体に関わる問題。これを許していては、あるいは仕方ないとする社会の空気を容認していたら、必ずエスカレ−トしていくことでしょう。攻撃の矛先は韓国籍の人間にも来る。というか、もう来ています。在日韓国人歌手のイ・ジョンミさんやエッセイストのパク・キョンナムさんはじめ、多くの在日KOREANのホ−ムペ−ジの掲示板に昨年9月の日朝交渉以後、嫌がらせや中傷の書き込みが殺到して、閉鎖に追い込まれるケ−スが増えていると新聞でも報道されていました。(朝日新聞5/5)北朝鮮に融和的な発言をしたとか、しないとか韓国籍であるとか、朝鮮籍であるとか、差別・中傷する側にとっては関係がない。在日の友人どうしでよく話題になるのですが、ホント韓国・朝鮮関係の掲示板て、よく荒れる。政治と関係のない、例えば韓国映画の掲示板なんかでも、管理人がしっかりしてないとすぐ荒れる。よくあるのが、映画見て「おもしろかった」、「いまいちだった」という意見が並んでいると突然、「韓国は映画もテレビも全部日本のパクリだ」などと決めつけるアラシがやってきて、誰かが反論している間にいつのまにか、「韓国・朝鮮人は歴史を歪曲するな」というように、映画と全然関係の話になっている。最近見たのでは、なぜか「韓国人の名前はカタカナではなく全部、漢字表記せよ」と執拗に要求してくるヤツがいましたね。そんなの韓国人の勝手だろ、と思うのですが。 それと、インタ−ネットの掲示板といえば2ちゃんねるは本当にひどい。もちろん中には有意義な意見もありますが、韓国・朝鮮関係はホントに便所の落書き状態で、差別発言のオンパレ−ド。ふざけたことにみんな「名無し」で書きまくっています。差別発言をする表現の自由なんかあってたまるか、と頭にきます。なんとかならないのでしょうか。韓国政府が今推進しているように、インタ−ネット実名制を日本でも進めたらいいのに…。今日の私の話についても後日、どこかから脅迫・中傷メ−ルが送られてくるのでしょうか。もし来たら、保存しておきますので、高校あたりで人権教育の教材としてぜひ使ってください。で、こういうことを放置しておくと、在日外国人全体に対する攻撃につながり、さらには「たとえいかなる国とでも戦争でなく、外交を通じて問題を解決するよう努力すべきだ」というごく当たり前の主張をする人々に対しても「売国奴」呼ばわりして攻撃される事態につながりかねません。それでは戦前に逆戻りです。昨年はワ−ルドカップもあって、「韓国人と日本人の距離も近くなったし、少しずつでも状況はよくなってきている、これで我々も少しは落ち着いて生活できるのか」、と多くの在日KOREANが感じていたのも束の間、それら全てを打ち消すような圧倒的な北朝鮮バッシングが始まり、本当にがっかりしました。私の母など、「北朝鮮と日本の間でもし何かあったら、もう日本にいられなくなるかもしれない」と本気で心配しています。もう、70近くにもなる老人が、ですよ。母の不安が杞憂で終わるように、文字通りの「非国民」である私たち在日KOREAN、在日外国人が今声をあげなくて、いつあげるのか、という思いがします 私の大学時代からの友人で石丸次郎というジャ−ナリストがいます。中国沈陽の日本領事館への北朝鮮亡命者のかけこみ事件、あのハンミちゃんの事件ですね。あの一家の支援活動のルポや北朝鮮亡命者の取材を地道に続けてきた男で、最近よくテレビや新聞、雑誌などで発言しています。彼は大学時代から韓国・朝鮮問題にこだわってきて、ちょうどそのころは韓国はチョン・ドゥファン大統領による軍事独裁政権時代で、治安部隊がデモしていた市民を多数殺傷した光州事件などがおこり、独裁政権に対する民主化闘争が盛んだった時代です。恥ずかしながら私よりも彼の方が政治意識が高くて、チョン・ドゥファン大統領の来日阻止のデモに行こう、と在日韓国人である私を誘ってくるような男でした。で、彼は大学卒業後、自費で韓国に留学して民主化運動への関わりを続けていったのですが、韓国が民主化した後はもう外国人である自分の出る幕はないと考えました。そして、今度は北朝鮮の人権状況にジャ−ナリストとしての関心を向け、北朝鮮国内に3回、中国と北朝鮮の国境にあるヨンビョン朝鮮自治州には30回近く訪れては、北朝鮮からの脱出者の取材を続け、支援活動にも関わってきた男です。 最近でこそ北朝鮮亡命者の問題に注目が集まっていますが、ずいぶん前から熱心に取り組んできた彼が言うのに、日本には朝鮮半島に関する本当の意味での専門家が不足していると。「北朝鮮難民」という自著でも、メディア、とりわけテレビ局の朝鮮半島調査研究のレベルの低さを指摘しています。NHKをのぞく全ての民放が朝鮮語に堪能なスタッフを一人もおいていないそうですし、そもそも石丸くん自身、北朝鮮難民問題の企画を雑誌やテレビで何十回となく却下されてきた経験があるだけに、日本のメディアの、そして日本社会の北朝鮮国民の窮状に対する無関心さを実感し続けてきたと言います。そして彼のような朝鮮半島に関するまともなジャ−ナリストや専門家の数が少ないという現状が、日本社会が隣人である朝鮮半島の人々にきちんとむきあってこなかったことを示しているように思います。また、それは自分が在日であることを明らかにせず、オリニマダンに行くことも拒絶した健ちゃんのように、多くの在日KOREANが日本社会の内部において、見えない存在−いわば「透明人間」として生きてこざるを得なかった現実にもつながってきたと思います。 すこし、健ちゃんのことについて触れてみましょう。健ちゃんという子の扱いについては、作成委員会でも議論になったところです。本当は健ちゃんのような子がむしろ在日KOREANの児童の多数派なのであり、その子ども達の抱える問題を解決しなくては本当の解決にならない、それが委員の先生方に共通する思いでした。ソンミはある意味、自分でやっていける子です。同じ仲間達とのつながりがあり、有希のような周囲の日本人の友達も支えてくれる。何よりもお姉さんのヨンミをはじめとして家族の支えがある中で育ってきたからです。しかし、誰もがそのように恵まれた環境にいるわけではない。いや、むしろソンミのような家庭は在日の中でも少数派です。 さらに世代の問題もあります。健ちゃんは一般的には4世にあたる世代の子ですが、2世は1世の苦労を目の当たりにして育ち、自分自身も強い差別と偏見にさらされてきましたから、良かれ悪かれ在日としての強い感情を持っています。私の母や親戚の叔父・叔母達を見てもそう感じます。私の世代の3世は上の世代より少しは日本社会にコミットする機会が与えられたので、自分を相対化して見るところがある反面、急速に日本社会に同化して民族性が拡散してきている。二極化しているように感じます。4世の子ども達の抱える問題はさらに複雑化してきていますが、しかし、例えば新渡日のベトナム人の子ども達の中に『日本名』を名のりだしている子らが出てきているという現実が一方にあります。在日KOREAN、在日外国人の子ども達に透明人間化を強いる社会的圧力が大幅に減少したとは思えません。この新教材ではどちらかと言えば、ソンミの前向きに生きていこうとする姿を通してプラスの在日像を児童に印象づける、そして日本人として自分はどうすればいいのかを考えさせる、という2点に焦点が当たっています。ですから、健ちゃんの抱える問題に向き合うことが次のステップでしょう。「ほっといてくれ」と健ちゃんに拒絶されながらも彼の本当の気持ちを理解したいと願う有希やソンミのような子を、現実の教室の中でどれだけ育てていくことができるか。それが今後の課題であると思います。 在日KOREANに透明人間化を強いてきた日本社会の有形無形の圧力は、今日でも続いています。先程述べたインタ−ネットの掲示板の差別書き込みもそうでしょうし、次のような例もあります。それは警察庁が作っている一つのレポ−トです。ベンジャミン・フルフォ−ドさんというカナダ人のジャ−ナリストの方が自著でこう書いています。 『そのレポ−トのタイトルは「来日外国人問題の現状と対策」。警察庁の来日外国人犯罪対策室なるところが年に1、2回出しているものだ。いま手元にあるこのレポ−トの平成12年度上半期版のペ−ジをめくっていくと、仰天するような項目が並んでいる。まず、「統計から見る来日外国人犯罪の項目では」「中国人が約半数」「アジア出身者は8割」の見出し。売春事犯では「国籍等別では依然アジア地域が多数コロンビア人が増加の傾向」などとある。ごていねいなことに来日外国人全検挙件数国籍等別構成比の円グラフまでついている。全編、「外国人犯罪者が多いから気をつけろ」「凶悪犯は○○人で、売春婦は○○人」ということを強調する構成になっている。こんな内容のレポ−トを公の政府機関が公表して恥じないのだから、不思議でたまらない。もし、警察が差別でないというのなら、公平を期すために日本全国出身県別犯罪者リストをつくるべきだろう。そうして「凶悪犯は○○県人が、売春婦は○○県人が多い」と書いたらどうなるかを考えてみるといい。日本の警察は外国人を、単に犯罪予備軍としてしか見ていないのだ』 そして、 『実は外国人犯罪者のうちで大きなウエ−トを占めているのは不法滞在者であり、これは日本 が労働移民を受け入れていないから生じている問題で、こうした「出稼ぎ組」を除けば外国人犯罪は激減する』 と指摘しています。さらに、 『確かに一部の本当の犯罪者はいるだろう。ならば、外国人全体を差別し、排除することよりも、警察はまず、捜査能力向上を目指すべきだ。もし、中国人マフィアの犯罪を本当に減らそうと思うなら、中国人の警察官を雇うことから始めるべきである』 と続けています。これらの指摘は従来から在日の団体や、日本の人権団体が言ってきたのと同様の内容で、日本の警察は外国人に対する偏見を助長していると批判されても仕方がないのでは?メディアも同罪です。よく強盗事件などがあって犯人が逃亡した時に「目撃者によると犯人グル−プはカタコトの日本語を話す外国人風の男達で」などと平気で書いていますね。たぶん、警察が発表していることをそのまま記事にしているのでしょうが、こんなことを書く必要がいったいどこにあるのでしょう。犯罪の容疑などという個人の立場から考えれば極めて重要な問題について「外国人風」なんてあいまいな表現を使うことが許されるのでしょうか。カタコトで話したり、肌の色が違えば絶対にそれは外国人ですか?腹立たしいことに最近、捜査を攪乱する目的で日本人の強盗が犯罪現場で、わざとカタコトの日本語をしゃべるケ−スが増えてきているそうです。まったく何をかをいわんやです。 しかしながら、時は流れていき、変化もあります。今まで日本人の目には映っていなかった、存在していることすらマトモに意識されることのなかったその「透明人間」達が、最近は名を名乗って自分達の物語を語りはじめました。いや、語ることは昔から語っていたのですが、最近はその物語の内容の豊穣さに引きつけられ、耳を傾ける日本人が増え始めました。作家のユ・ミリ、ヤン・ソギル、つかこうへい、金城一紀、映画監督の崔洋一、さきほど紹介したカン・サンジュンやシン・スゴのような論客もいます。一人一人がかなり個性的ですし、この人達の語る言葉を聞くことで日本という国を別の視点からみることができるのが魅力なのかもしれません。私達在日KOREANが持っている特性…被差別体験、異邦人意識、ダブルカルチャ−などの特性は、その底に「自分は何者であるのか」という絶えざる問いかけを有しているので、独自の視点、独自の文化を生み出す可能性があります。その芽を潰してしまうことは、この国にとっても惜しいことだと思います。今は黙して語らない健ちゃんも、いつかは堰を切ったように自分の物語を語り始める時が来るのかもしれません。いや、今現在も言葉にならない言葉で語っているのかもしれません。その心の声を聞いてあげられる友達や先生が、近くにいることを願うばかりです。 それにしても、私達の乗っているこの「日本丸」は、いったいこれからどこに向かおうとしているのでしょうか。さきほどの不法滞在者の問題に関連するのですが、だいぶ前の新聞で読んだ記事なのですが、スイスのある極右政党が外国人の移民抑制法案を国会に出して、物議をかもしたことを紹介した内容でした。見出しだけ読むと、ヨ−ロッパも排外主義で揺れてるんだな、という印象を持ちかねませんが、よく記事を読むと違うんですね。その政党の主張は、国内に外国からの移民が多すぎるので、せめて全人口の20パ−セント以下に抑えるべきだ、というものだったんですね。20パ−セントですよ!それすらも国内のリベラル派の強い反発を招いているとのことでした。フランスの大統領選挙で敗北した極右政党の党首のルペン候補やオ−ストリアの自由党のハイダ−党首なども、同様です。激増する移民問題に対して、今いる移民はしかたがないけど、もうこれ以上受け入れるなと言ってるだけで、別に過激でもなんでもない。かつて一度も移民受け入れ政策を実施したことのない日本人に、ヨ−ロッパの極右勢力のことを批判する資格はないと思います。移民どころか難民すら先進国としては異常に低い数しか受け入れていない。その上、「北朝鮮が崩壊すれば武装難民が100万人玄界灘を越えてやってくる」と、政治家やマスコミ人は盛んに煽っている。(燃料不足でまともに使える船がほとんどない今の北朝鮮からどうやって100万人もやってくるのか?重い銃をかつぎながら、玄界灘を泳いでくるのでしょうか?)現在、在日外国人は約170万人、人口の約1.3パ−セント。例えば9パ−セントのドイツと比較すると、「国際化」された社会とは言えないでしょう。 総務省が発表した人口推計によると、先月1日、総人口に占める子供の数が過去最低の14.1%となりました。22年間減少し続けています。少子化は先進国の共通の悩みですが、外国との比較で見ると、例えば▽米国21.2%▽英国18.9%▽フランス18.8%−−とダントツに低い。いろいろ要因はあるでしょうが、一番の原因は在日KOREANがよく知っています。他の先進国と比べると、ほとんど移民を受け入れてこなかったからです。外国人に対して永住権の取得の緩和をするだけで、人口減少問題なんか明日にでも解決しますが、犯罪率が増加するとか、公的サ−ビスを外国人にも拡大しなければならないから負担が増える、とかいろいろ理屈をつけて先送りにしている。本当にそうかな。本当はみんな、自分のマンションの隣に外国人が引っ越してくるのを嫌がっているだけじゃないのかな。自分の娘に外国人のボ−イフレンドができるのが嫌なのだけではないかしら。もちろん問題もいろいろ生じるでしょうが、変化を恐れていては一歩も前に進めませんね。 外国人に対する排外主義に関しては、日本人に偉そうなことは言えなかった韓国ですら、今年後半には外国人雇用許可制というのを導入する予定。これは企業が必要な外国労働者をいつでも合法的に採用でき、政府の許可を受けて国内に就職した外国労働者らは、労働3権を持って、労災保険と最低賃金法の適用を受ける。国内勤労者と同じ待遇をするという趣旨の法律で、不法滞在者問題と外国人勤労者を相手に行われる人権侵害を防ぐために制定されます。また、国内居住資格を取得した後、5年以上滞在した外国人に永住権を付与する法案が準備中で、教育関連だと経済特区内での外国人学校の設立を積極的に推進するとか(外国人学校の卒業生の大学入学資格はずっと前から基本的に許可されている)、一昔前では考えられないような政策が実施されるようになってきました。これは人権上の施策であるというよりむしろ、韓国のような大国でない新興国がグロ−バル化の進展する世界で生き残るためには国際化(韓国内では「世界化」と呼ばれていますが)の推進が欠かせない、という認識に基づいた政策ですが。 それではもう一つの隣国である中国はどうかというと、社会主義体制の維持と国際化が両立するのか等、いろいろ複雑な問題があるかと思いますが、日本と一つだけ大きく違う点があります。それは多民族国家である、という点ですね。チベット問題の教訓から独立を言い出されないように、中国政府は少なくとも制度上は少数民族を優遇しています。漢族は一人っ子政策で一人しか子どもを作れませんが、少数民族は二,三人と生むことができる。北朝鮮のすぐ隣には延辺朝鮮族自治州がありますが、ここでは公用語として朝鮮語が使われています。学校では漢語、朝鮮語の両方を学ぶようになっていますから、中国朝鮮族の子どもはバイリンガルとして育つよう国から支援を受けているわけです。日本政府もせめて東京の新大久保か大阪の生野区あたりを日本朝鮮族自治区にでもしてくれないかな(笑)。もちろん冗談ですが。 韓国の知識人がよく使う日本のたとえとして、「井の中の鯨」という言葉があります。韓国は相対的に小国、つまり「蛙」だから、井の中でも十分生きていける。しかし、日本は大国、「鯨」であると。鯨は井戸の中では生きていけない。鯨は広い海でこそ生きていける。このたとえは日本にアジアの大国としてのリ−ダ−シップを発揮してこの地域の発展に貢献してほしいという期待感と、視野の狭いナショナリズムに再び陥った時の日本に対する警戒感の両方が込められています。この期待に応えるのか、警戒感が杞憂でなかったと実証してしまうのか。どっちなんでしょう。長引く不況で将来に対する不安感とフラストレ−ションが増大しているのはわかりますが、我々在日KOREANも含めて、こういう時こそ大人がしっかりしなければ。「日本よ 内なる防衛を」という題のコラムで、「凶悪な犯罪を中国人が行った。こうした民族的DNAを表示するような犯罪が蔓延することでやがて日本社会全体の資質が変えられていく。将来の日本社会に禍根を残さぬためにも、我々は今こそ自力で迫り来るものの排除に努める以外ありはしない」と新聞紙上に書いた人物が日本国の首都の行政長に選ばれるのは、なんでだろ〜?「民族的DNA」ですよ。これが人種差別、民族差別でないなら、いったい何が差別なんでしょう。でも、この人、とっても人気がある。ホントになんでだろ〜。 昨年2002年度の日本の貿易の最大輸入先はアメリカを上回って中国になりました。また、日本以外のアジア諸国との貿易額は輸出入とも過去最高になりました。SARSでアジア経済が落ち込めば、他のアジア諸国向けの輸出の好調で何とか一息入れてる日本経済を直撃する、そういう関係に既になっているんですよね。「中国市場を征するものが世界を征する」−これが最近の経営者の常識なんでしょう?それなのに「中国は日本の主敵」と公言してはばからない人物を知事戦で大勝させる…。申し訳ないですが、この頃、日本国民のみなさんが今後自分達の国をどういう風にしていきたいと考えてるのか、正直よくわからなくなってきました。「植民地支配や侵略戦争について、日本はいったいいつまで謝罪し続けなければならないのか」、また、何かにつけて「日本はかつてのような軍事大国に戻りたいという野心があるのでは?」とか、いろいろ言われて「いい加減にしろ!」と言いたくなる。もし、それが戦後50数年を経た今の日本国民の気分であるとすれば、逆に言うと今が絶好の機会ではないでしょうか。日本が今の国際情勢を平和的に解決できるよう主導権を発揮して努力すれば、日本の平和主義は他のアジア諸国から真の信頼を勝ち得ると思います。日本は戦後一度も戦争に参戦したことはありませんし、兵器を(部品としてはしりませんが)輸出して外貨を稼いでもいません。韓国のようにベトナム戦争に派兵して直接戦闘に参加したり、徴兵制があるために街中を軍服を着た若者が歩いていたりもしません。(両国の国情が違うので、本当は比較は無意味ですが)日本国民は自国の平和主義に誇りを持つべきだと思いますし、そのことを世界に向かってもっとアピ−ルすべきだと思います。 日本の子ども達は今までほとんどアジアを意識せずに、生きてくることができました。よく「日本とアジア」という言い方をしますが、これは間違った言い方ですね。正しくは「日本と他のアジア諸国」と言うべきです。つまり日本人は知識としては知っていても実感のレベルでは、自分達をアジアの範疇に入れなくても、自分達がアジア人であるということを忘れていても、政治的、経済的変動に直面せずに生きてくることができた。しかし、これからは不可能です。アジア圏の政治的、経済的な動きは、よいことも悪いことも確実に私たちの生活に大きな影響を与えます。だって20年前を思い出してみてください。その頃、みなさんは日本以外のアジアを意識していましたか?20年前と比べると、我々の日常生活の中での他のアジア諸国の存在感は格段に増していると思いませんか。ス−パ−では中国食品があふれていて、テレビのチャンネルをひねると歌番組で韓国の少女歌手BoAが今週の一位の曲を歌っている。BoAちゃん、ご存じですか? ちょっと脱線しますが、このBoAという弱冠16才の女の子は我々在日KOREANの大人たちが戦後50数年かかってもできなかったことをやっちゃいました。つまり日本人の若者に、かっこいい魅力的な韓国人が存在するということを100万人単位で啓蒙しちゃったんですね。もちろん、韓国の歌手が日本で成功したからといってそれで差別が解決するわけはないのですが、彼女のファンの普通の日本人のティ−ンエイジャ−がBoAという芸名が彼女の本名であることを知って(クォン・ボアという名前なのです)どんな漢字なのか知りたがったり、彼女の韓国版のアルバムを購入して韓国語の響きもいいなと思って韓国語を勉強する気になったりしていることをファンサイトの掲示板で読むと、大衆文化交流を通じて日韓がお互いのイメ−ジを向上させていくことの意味は決して小さくないと思います。あるいは、さきほど話した韓国の男優イ・ビョンホンが主演した今年上半期で一番人気のドラマを見ていると、いきなり流ちょうな日本語を話す女優さんが出てきてびっくりした経験があります。韓国人でなくて、なんと日本人の女優さんなんですよ。笛木夕子さんという日本人の女優さんなのですが、韓国映画を見て感動し韓国語を習って単身向こうに渡り、韓国芸能界で最近すごく人気がでているとのこと。また、最近「冬のソナタ」という韓国ドラマがNHKで放映され、とても人気があるそうです。芸能界に限らず、他のアジア諸国との交流は年々盛んになっていくだろうと私は確信しています。そのような未来のアジアを、子ども達が生きていく。たとえ、その子が将来日本を一度も出ないとしても、アジアの一国としての日本で暮らしていく。そういう認識が私達教員にも必要ではないでしょうか。 これから先大切なことは未来に対する建設的なビジョン、夢をもつことだと思います。韓国では最近、知識人、政治家、経済関係者から、「AU」(携帯のことではないですよ)「アジアンユニオン」−「アジア連合」の構想が語られることが多いです。もちろん、それがEU統合以上に困難な、実現不可能に近い構想であることは百も承知ですが、20年後には形が見えてるかもしれない、50年後にはできるかもしれない、できればいいなと多くの人が考えるのは、決して無意味なことではないでしょう。AU、いいじゃないですか。大きな夢を大人が見ましょう。「朝鮮半島が平和的に統一され、中国と日本が相互補完しあい、東南アジアも含めた自由貿易圏が構成され、アジア中を自由に人が行き来している」未来。それとも、「朝鮮半島ではいまだ厳しい南北対立が続き、弱体化してナショナリズムが席巻する日本と、経済大国化した中国が互いに相手を非難しあい、他のアジア諸国を巻き込みながら共倒れしていく」未来と、みなさんはどっちがいいですか。おそらく20年後の未来はこの両極端な未来像の中間に位置する形で、やってくると思います。どちらか一方よりで。今、私達が教えている子ども達は、まさにそのような未来を大人として生きていくことになります 私達の子どもは、ある子は将来、下関から日韓海底トンネルを通ってプサンに行き、プサンから統一KOREAの縦断鉄道を北上してロシア入りし、シベリア鉄道を経由してパリまで旅行にいくかもしれません。あるいは他の子はビジネスで日本と中国を頻繁に行き来し、上海でマンションを購入して暮らしているのかもしれません。学校では各教室に備え付けられたインタ−ネット網とカメラ付きパソコンと大型ディスプレイを使って、シンガポ−ルと日本の子ども達が毎朝一緒に朝の会をしているかもしれません。子どもマダンのような催しは各校で、ごく当たり前に、日常的に実施されているのかもしれません。そのような未来を私達が作りあげて、子ども達に手渡さなければ。そんな思いでいっぱいです。多くの場合、個々の差別事象に対処療法的に対応することで精一杯なのが、私達の現場の実状なのかもしれませんが、在日KOREAN、在日外国人の子ども達の問題は、日本人全体がどう変わっていくか、どういう未来を選択するか、という問いかけなしには真の解決はあり得ないと思います。明治維新から約140年。もうそろそろ日本人は脱亜入欧を真剣に卒業すべき時期にきているのでは、と考えます。 教育を越えて政治や国際情勢まで、しかもキムチのような辛口の話を広げてしまいました。もしかしたら、この場にふさわしくなかったのかもしれません。ただ、在日外国人、とりわけ在日KOEREANの子ども達の人権を巡る状況は、これまで日本社会に残る偏見・差別感情だけでなく、現実の政治や国際情勢に翻弄され続けてきました。ですから、それらに全く触れずにすませるのは不可能だという想いがあったのと、また選挙という方法で今まで政治参加できず、今後も当分の間は展望の持てない私達在日KOREANが、せめてこういう場で自分達の考えを述べること位は許されるはずだと考えて、このような話になりました。 最後になりますが、前記の高校生達からの手紙の中にこう書いてくれた子がいました。 『「私にできることは何か?」と考えた時に「これだ!」とははっきり答えがでませんでした。それほど深刻な問題なんですね。長い歴史という重荷を背負ったこの問題に気づくことができた私は、とてもよかったと思う。この気持ちをあなたに伝えることができたことをうれしく思っています。本当に平和な日本が来るように。』 「できることは何か」をいっしょに考えていく中で、本当に「いっしょ」になれるのかもしれません。「差別の解消」と「平和」こそが在日KOREANの根元的な願いであるということをあらためて繰り返しまして、今日の話を終えたいと思います。ご静聴、ありがとうございました。 (実際の講演で使用した原稿に、大幅に加筆・変更してあります) |