京城飛行場

京城飛行場は1929年4月に京城(今のソウル)に公共用飛行場として開場しました。
汝矣島にあったため、汝矣島飛行場とも呼ばれました。
開場当時は、東京・大連線の中継地として利用されましたが、その後、朝鮮半島内の交通はもとより、日本、満州、中国を結ぶハブ空港として発展しました。
その京城飛行場も太平洋戦争の勃発により、1942年には、座席の半分は軍に借り上げられてしまい、民間旅客はほとんど利用できなくなってしまいました。
京城飛行場が民間航空用の飛行場として活躍した期間は、13年程に過ぎませんが、その期間は民間航空の黎明期に当たります。
フォッカー・スーパーユニバーサル、ダグラス・DC-3、ロッキード・14WGといった、当時とてしては画期的な航空機も京城飛行場から離発着しました。
その後1945年の日本敗戦により、連合国総司令部から一切の航空活動が禁止されることにより、飛行場の機能は停止しました。



        
 1930頃の京城飛行場
1930年頃の京城飛行場
画面中央の三角屋根の建物は朝鮮航空研究所の格納庫
画面左の丸い屋根の建物が日本航空輸送株式会社の格納庫
画面右に滑走路が伸びているのが見える
京城飛行場紹介
京城時刻表
京城飛行場小史
京城飛行場格納庫焼失事件
京城飛行場への道
京城旅行記(作成中)
飛行場リンク
リンク




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1941年4月1日時点での、京城を中心とした路線図

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